ゼロから立ち上がる会社に学ぶ 東北の仕事論。 気仙沼 波座物産 篇
第3回 助かった「20年の記録」ノート。
── ちなみに、国産の真イカしか使ってないと
おっしゃっていましたが
そのイカ、どこで獲れたイカなんですか?
朝田 宮古で水揚げされた真イカです。

日本で獲れる真イカのなかでも、
格別に美味しい部類に入ると思います。
── そうなんですか。
朝田 ちなみに、ワタの部分は
セントウイカという別物を使っています。
── あ、別のイカのワタを。
そういう意味でも「ブレンド」ですね。
大原 家庭などでは、ふつう
同じイカの肉と臓でつくりますけどね。
── 一言でいうと、どういうイカなんですか、
セントウイカって。
大原 まぁ、真イカは真イカですけど。
── え。
朝田 「セントウイカ」というのは
「船で凍結」させている、という意味で
「船凍イカ」なんです。
── ああ、なるほど。
てっきり、ものすごく攻撃的なイカかと‥‥。
朝田 いえいえ、そうじゃないです(笑)。

穫れてすぐに船上で凍結させるので、
鮮度が抜群にいいんです。
大原 値段も、抜群にいいですけどね。
朝田 はい、たしかに高いんですけど、
ワタは鮮度が命なので、
うちでは、セントウイカだけを使っています。
大原 まあ、そのことひとつ取ってみても
わかるように
いろいろとこだわってやってきたんですけど
この塩辛、ゴールがないんです。
── いまだに試行錯誤の連続だと?
大原 やめようと思ったことだって何度もあります。
なかなか、うまくできなくて。
── 何しろ「7年」ですものね‥‥。
大原 他の人だったら
もっと早く完成してたかもしれないです。
── そう思われますか。
大原 やはり、はじめは塩辛のつくりかたも
わからなかったので
たっぷりと、時間がかかりました。

だから今でも
手を抜くなんてことは、できないです。
── ちなみに、看板商品である
『昔ながらの濃厚熟成塩辛』のお値段って
いかほどなんでしょうか。
大原 高いですよ。
朝田 80gで、400円くらいします。
── 一般的な塩辛というのは‥‥。
朝田 350gで、298円とか。
── つまり、ええと、
ざっくり計算しても、6倍近いお値段。
朝田 お店によっては、高すぎるといって
相手にしてもらえないこともありました。
── どのようなお店で売られていたんですか?
朝田 成城石井さん、紀ノ国屋さん、
明治屋さんをはじめ、
やはり高級な商品も置いてらっしゃるお店が
多かったです。

とくに、成城石井さんなどは
ずいぶん長く置かせていただいていたので
ファンのかたも多くて‥‥
生産を再開したら
ぜひまたと、おっしゃってくださって。
── それは、うれしいですね。

そういえば、なんですけど
さきほどお話に出た
大原さんがつけ続けてきたノートって
この震災で‥‥。
大原 無事でした。
── おお、よかった。
大原 毎日の乾燥率をはじめ
試行錯誤の結果を書きとめたりして
何年も、何冊も、つけ続けてきたのですが‥‥。
── 何年も、何冊も。
大原 幸い、助かったんです。
朝田 ここにいる息子の浩司くんが探し出したんです。
大原 一人で探しに行ったら息子に怒られてね(笑)。
でも、腰まで水に浸かりながら、やっと。
── まだ、水が引いてなかった時期に。
大原 ええ。

ノートは濡れてましたけど、残されていました。
2階に置いてあったんで、それで助かりました。
── 斉吉商店さんの「返しだれ」とか
陸前高田の八木澤商店さんの「もろみ」とか、
この震災で
奇跡的に助かった「大切なもの」の話を
いくつか聞きましたが
大原さんのノートも助かったんですね‥‥。
大原 一部は1階にも置いてあったんですが
それも、泥を掻きだして見つけました。
── ノートって、やはり「見返すもの」ですか。
大原 波座物産に入社して20年のことを
すべて、記録していたノートだったんです。

乾燥率だけじゃなく、
こういう商品はつくれないだろうか、
こうやったらはダメだった、
こうやってみたらよかったとか‥‥ぜんぶ。

だから、
何か新しい試みを始めるときに見返すと、
やりかたを、いろいろ検討できるんです。

過去の経験が、ぜんぶ書いてあるから。
── 過去20年分のデータベース。
大原 失敗の積み重ねも、いつかは成功の元になる。

他の人がどうかはわかりませんけど、
私は、まるっきりのゼロから
新しいものなんて、つくれないですから。
── いやぁ、でも、本当に良かったですね、
津波に流されなくて‥‥。
大原 すごく嬉しかったですね。
── 震災のことについては、どうですか。
大原 過去には、こんなに面倒で、こんなに高くて、
そんなに売れないだろうって
あきらめようと思ったことも、あったんです。

でも、震災後、「あの塩辛ねえのが?」って
たくさんの人から言われて‥‥
やっぱり、工場は壊れてしまったけど、
もう一回つくんなきゃなって、思いました。
── ちなみに、大原さんご自身は
塩辛はお好きだったんですか?
大原 大好きでした(笑)。
── 好きだから、つくれたんでしょうね。
それだけ「めんどくさい」塩辛づくりを。
大原 そうかもしれないです。
── 今じゃあもう、
ご自分の塩辛が、いちばんだと?
大原 そうなりますよね、やはり。

おいしいと言ってくれる人がいると、
作り甲斐もありますし。
── どうやって食べるのがお好きですか。
大原 あったかいご飯に載せて食べるのが
いちばんかなぁ。
── ああ、おいしそう。
朝田 お茶漬けにしても、最高ですよ。
── それも、いいですねぇ‥‥。

<つづきます>
2012-09-21-FRI
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