第1回
彫刻家の刺繍
今年7月の晴れた日、
わたしたちは静岡にある
yacmiiさんのアトリエを訪ねました。
浜名湖のきらきら光る水面を
窓の外に見ながら車は走り、
到着したのは
木々に囲まれて足元には芝生が広がる
赤い屋根のかわいいお宅。
ここで作品がうまれているんだ! と、
ちょっとどきどきしながら
中におじゃまします。
すると、愛犬のキビちゃんが
わたしたちを歓迎してくれました。
静かなアトリエの机に
向かいあって座り、
まずはお話からうかがうことにしました。
- ほぼ日
- こんにちは。はじめまして。
- yacmii
-
はじめまして、yacmiiです。
‥‥なんだか緊張しちゃってだめですね。
- ほぼ日
- ヤクミィさん、とお呼びすればいいですか?
- yacmii
-
はい。「薬味」のyacmiiです。
わたしの作品が、日々のくらしの薬味になるといいな、
スパイスになればいいなと思って
この名前をつけました。
- ほぼ日
-
薬味のyacmiiさん。
今日はよろしくお願いします。
- yacmii
-
よろしくお願いします。
ええと、なにからお話したらいいでしょう。
- ほぼ日
-
そうですね。
作品をいくつか拝見して、
糸が何重にもなっているような
濃密なつくりとその造形力に
こんな刺繍見たことない! と思いました。
ご自身で長く刺繍をなさってきて
このような作風にたどり着いたのでしょうか。
- yacmii
-
私、もともとは彫刻家をしていまして‥‥
多摩美術大学大学院の彫刻科を出てるんです。
- ほぼ日
- 彫刻! そうでしたか。
- yacmii
-
はい。石井厚生先生、大好きな教授なんですけど
その石井先生のもとで作業してました。
- ほぼ日
- 大橋歩さんのご主人ですね。
- yacmii
-
石井先生の教室は
何をやってもアリなところがあったんですけど、
そこで刺繍をしていたわけではなく
土も鉄も石も木も‥‥いちおうひととおり。
- ほぼ日
- では刺繍をはじめたのには、なにかきっかけが?
- yacmii
-
きっかけは大学時代の女の先輩が
プレゼントしてくれた刺繍の髪飾りでした。
とってもうれしくてずっと使っていたら
ぼろぼろになってきてしまって‥‥
手元の細かい作業は昔から好きだったので、
お直しをしよう! と思って。
- ほぼ日
- そのスタートからこんなに。
- yacmii
-
「ちょっと直したいな」が
「自分でもやってみたいな」になって‥‥。
で、自分の表現を模索しながらやってくうちに
‥‥ハマっちゃったんですね(笑)。
なんかこう、終わりがないというか、
いつまでもやってられる。
- ほぼ日
-
すべて独学とうかがっていたので
そこにもびっくりしていたんですが、
そういうことだったんですね。
- yacmii
-
だからステッチ(縫い方)にも
いろいろ種類があるのですが
それぞれの名前すら分からないんです(笑)。
- ほぼ日
- そうなんですか。
- yacmii
-
そうやって作品をつくっているときに
石井先生が退職するという知らせを聞いて、
あわてて多摩美にあいさつにうかがったんです。
そこで「先生、私いま、刺繍をやっています」と伝えたら、
「お前、別に何つくってもいいけど、
彫刻家ってことを忘れないでくれよ。
いつ何をつくったとしても、
彫刻科を卒業した人間として、
誇りをもってちゃんと活動していってくれ」
とおっしゃって。
- ほぼ日
- わあ‥‥。かっこいいです。
- yacmii
-
それを聞いて、じゃあ私は
「彫刻家の刺繍」って名乗れるだけの
立体感と迫力のある作品をつくりたいなって。
そこから自分の世界が
ギュッと固まってきた気がします。
- ほぼ日
-
yacmiiさんの作品は
奥行きがあって重層的で‥‥。
いまの「彫刻家の刺繍」ということばで
かなり腑に落ちたところがあります。
- yacmii
-
そうやって最初につくった立体の作品が、
このクマです。
- ほぼ日
- なんてことだ! 飛び出してる。
- yacmii
-
これは、枝と葉っぱに動きを出したくて
ちょっとワイヤーを使ったんですけど、
クマ自体にはいっさい詰め物が入ってなくて
中身は空洞なんですよ。
- ほぼ日
- たしかに、これは彫刻ですね。
- yacmii
-
「独立する刺繍」をつくろうとおもったら、
詰め物すればたぶん、簡単なんですけど。
- ほぼ日
- 縫い固めることで立ち上がってるんだ。
- yacmii
-
果てしない回数、針を通してるので(笑)。
ちょっと触ると分かるんですけど、
カッチカチです。
- ほぼ日
-
(触る)‥‥ほんとうだ。
でも、とても柔らかい雰囲気です。
- yacmii
-
それまでも刺繍は何度かやったことはあっても
引っかかってほつれたりとか
糸が切れちゃうのが悲しかったんですよ。
それで自分がつくるときに
どうしたらいいんだろうと考えたら
もうギチギチに縫うことだ! と思って、
縫い固めていくようになりました。
ほんとに、それで針が通らなくなっちゃったりして。
ゴム板に針を押しつけて
ンッンッて体重をかけて押し込んで、
ペンチで抜いたりします(笑)。
- ほぼ日
-
すごく繊細な作業かと思いきや
けっこう豪快!
- yacmii
- えへへ(笑)。
- ほぼ日
-
まるで畳職人さんのように
針を押し込んで(笑)。
- yacmii
-
そうなんです(笑)。
それと、わたしがつくるものには
作品としての価格をつけていますので、
飽きがこなくて、
丈夫なものを提供しなければと思っています。
100年後も200年後も受け継いでいってもらいたい。
「私が生きてる限りはお直しできます」
という方法をとりたかったので、
裏を接着剤などで留めないようにしました。
ぜんぶ縫い止めしてあります。
いつでも解体して直せるように。
- ほぼ日
- きっかけも、お直しからでしたものね。
- yacmii
-
はい。ちょこちょこちょこちょこ、
手元でやるのは昔から好きでした。
自分でシャープペンを壊しては、組み立て直したり‥‥。
そういう細かい作業が好きな感覚と、
彫刻の感覚がちょうどよく混ざって行き着いたのが、
わたしの刺繍だったのかもしれませんね。
(つづきます)
2017-10-25 WED