生活のたのしみ展
”かるさ”が命を守る。──mont-bell(モンベル)の根底にある考えかた 辰野勇(モンベル創業者、現・会長)×糸井重里 対談
辰野勇さんプロフィール 辰野勇さんプロフィール
「生活のたのしみ展」をきっかけに、アウトドアメーカー「モンベル」の創業者、辰野勇さんと糸井重里が初めて会いました。歩いてきた道は違えど、実は大切に思うことが似ていたふたり。
        互いにたくさんの共感をしながら、対話はすすんでいきました。辰野さんが語ってくれたのは、モンベルという会社の根っこの部分にある考えかたのこと。
        クライマー(登山家)としても活躍されてきた辰野さんのさまざまな経験が、いまのモンベルにつながっていました。さわやかで、読みながら自分も行動したくなる全7回。どうぞ、おたのしみください。 「生活のたのしみ展」をきっかけに、アウトドアメーカー「モンベル」の創業者、辰野勇さんと糸井重里が初めて会いました。歩いてきた道は違えど、実は大切に思うことが似ていたふたり。
        互いにたくさんの共感をしながら、対話はすすんでいきました。辰野さんが語ってくれたのは、モンベルという会社の根っこの部分にある考えかたのこと。
        クライマー(登山家)としても活躍されてきた辰野さんのさまざまな経験が、いまのモンベルにつながっていました。さわやかで、読みながら自分も行動したくなる全7回。どうぞ、おたのしみください。
7. キーワードは「冒険」。
辰野
今回、いろいろ読ませていただいて、
糸井さんが、非常にしっかりした
ビジネス感覚をお持ちであることに
びっくりしたんです。
糸井
ぼくは複雑な計算とか
「帳尻があってます」みたいなことは
できないんです。

ただ「みんながどう反応するか」の
想像はできるんですね。

みんなに喜ばれるかとか、
手伝いたい人がいるか、
失敗してもたのしむ人がいるか‥‥とか。

そのあたりを総合的に判断すると、
いわゆる「ビジネス」と呼ばれているものも
「イベント」に近い気がするんです。
辰野
その話、ぼくもまったく同感です。
人間、そんなに多くの心理はないですよ。

そして、どうすればたくさんの人が
集まるような魅力あるものを
作り出すことができるか。

ぼくはそこはたぶん、
言い出した人間が
「これをやりたい」という思いを
ちゃんと持っているかどうかが
ポイントだと思うんです。
糸井
ああー。
辰野
コンサルタントの人とかがよく
「時代のニーズに合わせて、企業も変化しないと」
とか言いますけど、
それはおかしいと思うんです。

そんなことよりもまず担当者が
「なにがしたいか」。

そこがない人間に
「変化しなければ」とか言っても、
なにも起こらない。
まさに、”仏作って魂入れず”じゃないけど。
糸井
「変わること」そのものが、
目的であるはずがないですよね。
辰野
そんなものあり得ないです。
それよりも、自分が本当に何をやりたいか。
とにかくそこが大事なんです。

‥‥じゃあ、モンベルは、
なにをやりたいか。
糸井
聞きたいです。
辰野
ぼくらのキーワードは「冒険」なんです。
糸井
そこですよね。
辰野
だけど「冒険」というとなんだか、
ちょっとよく意義が
わからないようなものでもある。

じゃあ「冒険」ってなんなのか。
どうして人は命をかけて
人のやらないことをやりたがるのか。
糸井
ええ、ええ。
辰野
そこなんですが、
ぼくの友達にミシガン大学の
心理学の先生がいるんです。

彼いわく、冒険というのは
「全人口の0.5%の人間が
突然変異的にやるようなもの」
なんだそうです。
なぜか神様がそういうものを作ったと。
糸井
へえー。
辰野
そして古来より、
その0.5%の突然変異的な人間たちが
「なんだかやってみたい!」
といういわゆる好奇心をもとに、
限界を超えていく作業をずっとやってきた。

そして、そういう人々の行動が、
人間にとってより安全で、
快適な空間をもたらしてきた。

こういう定義でものを考えたとき、
一見、非生産的に思える山登りやカヌーにも、
ある意味を見出すことができるわけです。
糸井
つまり、危険をかえりみず
限界を超えていくことで、
結果的に人々の暮らしをよりよくする。
辰野
そうなんです。
それはなにも山登りだけの話じゃなく、
花岡青洲、野口英世、ジェンナーなどにも
あてはまることだと思うんです。

彼らは自分の命を懸けて、
麻酔薬を発明したりしてきた。

そういった先駆者たちが、
すなわち冒険家であると。
糸井
はい。
辰野
‥‥長くなりましたけど、
やっぱりわれわれモンベルは、
こういうものを突き詰めていきたいんです。

アウトドアがベースにはありますけど、
そこに限らず、あらゆる分野で
人がやらないことを
率先してやっていきたいんですね。
糸井
今日の辰野さんのお話もそうですけど、
モンベルという会社がすごいのは、
これまで「よいしょ」ってやってきた回数が
多いことだと思うんです。
力を出すべきときに、ちゃんと出してきてる。

自分の会社を思うと、
ぼくはどこかおじいさんの経営なんですね。

「社員にあまり危険を強いるのもな‥‥」
とか考えて、危ないことをしてきてない。

ドキドキすることはありますし、
安全な場所を確保したうえでの
大きな実験はやりますけど、
それこそモンベルほどの「冒険」はできていない。
辰野
いや、たぶん一緒だと思いますよ。

ぼくは本で偉そうに
『7つの決断』とか書いてるけど、
毎回できる決断をしてきているだけなんです。
できない決断はしてませんから。
糸井
そうなんですか。
辰野
山登りだって、実はそうなんです。
自分では死ぬと思って行ってませんから。
糸井
なるほどなあ‥‥。

ひとつ聞いてみたいんですけど、
辰野さんがいまいちばん
「気持ちいい」とか「幸せだ」みたいに
感じることって、なんですか?
辰野
いちばん気持ちいいこと‥‥
こういう質問、はじめて聞いたな。
ほぼ満足してますけどね。

そうそう、昨日ひさしぶりに
さきほどの「SEA TO SUMMIT」に参加して、
若い人たちに混じって
カヤックで競争したんです。
糸井
それ、たのしいでしょうね。
辰野
これは文句なしに心地よいですよ。
自然の空気をいっぱい吸って。

実はぼくは7年前に大腸がんをやったんです。
ステージ1で、腸を20センチ摘出しまして。
先生に「もう死ぬことはないよ」と
言われたんですけど、
一時はヤバいなと思いました。
「ひょっとしたら死ぬかもな‥‥」って。

だけど、自然というのはすごいんです。
不安になっていたとき、
山のなかを歩いたり、遠くに山を眺めていたら、
スーッと不安が消えていったんです。

よく口では言いますけど、
「なんだこれは」というくらいでした。

そのとき
「自然というのは本当にすごい力があるんだな」
と思ったんです。
糸井
心から思ったんですね。
辰野
そうなんです。
人間には想像力があるから、
余計なことをいっぱい考えて、
不安になったりするわけですけど、
それがぜんぶ消えていった。

先日、出羽の山伏と
話す機会があったんですが、
彼も同じことを言っていましたね。
糸井
そうなんですか。
辰野
そして彼は、女性にそれがあるって
言うんですよ。
「女性は自然そのものだ」と。

そして彼は
「男性にはそれがないから、
男は山にそれを得に行ってるんだ」
と、そういう言いかたをしてました。
糸井
登ってたご本人としては、どう思いますか?
辰野
ぼくが若いころに山を登ってたときの動機は、
そういうものというより
「力を試したい」とか
「人ができないことをしたい」とか、
自己達成欲だったと思います。

だけどいま、この歳で病気に遭遇して、
非常にその自然のすごさを実感しましたね。
自然には、
迷いや不安をとりのぞいてくれる、
そういう力があるんじゃないかと。

‥‥いやぁ、たのしいな。
こんな話、
いくらでも出て来ます(笑)。
糸井
頭のなかにたくさんある考えかけのことを、
キャッチボールできるのはたのしいですね。
辰野
そうですね。
今日は糸井さんのようなかたに
お越しいただいて、本当に光栄ですわ。
糸井
いえいえ、いまはぼくも、
ちっちゃい会社の社長なんです。
辰野
そう言われると親近感が湧いてきます。
糸井
おもしろかった。
今日はありがとうございました。
「第2回 生活のたのしみ展」も
いよいよですけれども。
辰野
はい、ぜひよろしくおねがいします。
こちらこそありがとうございました。
(対談はこちらでおしまいです。
お読みくださって、ありがとうございました)
会う前に糸井が読んだ辰野さんの本。

モンベル 7つの決断─アウトドアビジネスの舞台裏

辰野 勇 著

(ヤマケイ新書、2014年)

辰野さんが、28歳で起業したときから
現在に至るまでのモンベルの歴史を
「7つの決断(大きなターニングポイント)」
の話を軸に語り下ろした1冊。
モンベルのすごさがよくわかります。
また、今回の対談で登場している
さまざまなトピックについても、
よりくわしく知ることができます。