第2回 玄米、シイタケ、かつお節。

── まったく個人的なことなんですが、
今から三年ほど前に、父親が亡くなりまして、
それはもう、
映画に出てきた先生が言ってたみたいに、
最後の何日間は
何も食べられなくなってしまったんです。

ですから、映画を観ながら
あのとき、
辰巳さんのスープがあったらよかったのにと
すごく思いまして。
辰巳 そうでしたか。
── 脳梗塞で倒れ、嚥下障害となったお父さまに
「いのちのスープ」を作り続けた辰巳さんも
ああいうお気持ちだったのかなあと思ったり。
辰巳 ええ、同じようでしょうね。
── 映画に出てくる方々は
緩和ケア病棟に入院されているわけですから
ご病状も進んでらっしゃると思うんです。

自分の父を見ていたからわかるんですけど、
そういう状態の人に
飲んで「おいしい」と言わせるスープって
素晴らしいなと思いました。
辰巳 あれはね、
何でもない玄米のスープなんですよ。

でも、緩和ケアの病棟でも何でも
いつでも枕元に置いて、
ご病気の方が欲しいと思ったとき、
お茶代わりに
飲めるようにしておいてくだされば、
それは、そのかたの命を助けると思います。
── そうですか。
辰巳 もちろんね、
病気を治すようなものでは、ないですよ。
── はい。
辰巳 でも、そのくらい、お茶みたいに
欲しいときに飲ませてあげられたら‥‥
亡くなるときの脱力感を
軽くしてあげられると思っているんです。
── 脱力感?
辰巳 私はね、亡くなっていく方の脱力感とは
どのようなものだろうと、
いつでも、考えているんです。

その脱力感から
少しでも守ってあげたいという気持ちで。
── 脱力感というのは‥‥。
辰巳 よくわからない。

私は、そこまで弱ったことがないから
わかりませんけど、
自分の生命力が抜けていく感じというのは、
独特なものではないでしょうか。
── あのスープは
「死の脱力感を、和らげてあげたい」
という思いからのもの、でしたか。
辰巳 あなたも、たいへんお疲れになったときに、
きちんとできたおつゆを一杯、貰えたら
肩のあたりに詰まった重さが
すうっと抜けていくこと、あると思います。

いいおつゆを飲むと、とても楽になるのよ。
── そうなんですか。
辰巳 私が、こうやって毎日、
取材でお話させていただいたりできるのも、
私のことを手助けしてくれる
対馬千賀子が、
1日3回、おつゆを飲ませてくれるから。

朝一杯、お昼に一杯、晩に一杯。

さっきは
シイタケのコンソメを飲ませてくれました。
── シイタケ。
辰巳 「ちかさん、
 何だかふたりともくたびれちゃったから、
 シイタケのスープ飲もうよ」って。

それはね、とっても、何でもないんです。
── 特別なものでは‥‥。
辰巳 ないです。

シイタケのもどし汁を熱くして、
そのなかに
シイタケと昆布とうめぼしを入れて、蒸す。
それだけですから。
── はー‥‥。
辰巳 手間なんか、何にもかからないんです。
火の力だけで、30分から40分。
── でも、そんなに素朴なものなのに‥‥。
辰巳 どうしてかわからないけど、
シイタケの力は、素晴らしいものですね。

やはり、お寺さんが大事にしたものには
すべて意味があるんじゃないかな。
── とても、豊かな感じがします。
辰巳 あるいは、かつお節ね。

ああいうかたちで
良いタンパク質を摂れるものというのは
よその国には、ありません。
── ああいうかたち、といいますと?
辰巳 油けのない、脂肪のない、上質なタンパク質。

それが、2分か3分あれば
口へ入るものになるんですから、かつお節は。
── そんなこと、全然わかっていませんでしたが、
素晴らしいものなんですね。
辰巳 あなた、菜っ葉を茹でられる?
── ええと、茹でるということだけなら‥‥。
辰巳 菜っ葉を茹でるの、日本人は下手なんです。

おひたしなんて、
もう、自分の手の内のものと思ってるかも
しれませんけど、
全然みんな、おひたしを茹でられない。
── 茹でられない、といいますと?
辰巳 病院で出てくる青菜、硬すぎます。
だから、そう言うと
今度は、くったくたに煮てくれる。

そうすると、
ビタミンが無くなってしまうのね。
── なるほど、はい。
辰巳 ですから、菜っ葉の「軸」と「葉先」は
別々に茹でなければ、駄目なの。

はじめに葉先を茹でて、
そのあとに
茹でたお湯に軸を入れて、もう少し長く。

そうすると、ぴったりそろう。
── ああ‥‥。
辰巳 何でもないことなんだけど、わかれ目です。

食べることというのは、
1日3回、365日のことですから
菜っ葉から
ビタミンを摂れるか摂れないかは
生死をわかつといっても、大げさじゃない。
── そうですよね、病気の人にとっては、特に。
辰巳 ですからね、私たちは
玄米や、シイタケや、かつお節や、青菜など
自分たちの持っている素晴らしいものを
それらの、あるべき姿で
味わわなければならないと思います。

それは、いつでも。
── いつでも。
辰巳 そう。
毎日、貰わなければならないと思ってる。

毎日。

©2012天のしずく製作委員会

<続きます>
2012-11-03-SAT