谷川俊太郎 × 松本大洋   詩人と漫画家と、絵本。   『かないくん』をつくったふたり。     谷川俊太郎さんが一夜で綴り、 松本大洋さんが二年かけて描いた絵本、 『かないくん』ができあがりました。 絵本をつくるにあたって、 ふたりは直接顔を合わせませんでした。 ぜんぶの作業が終わったこの日、 物語を書いた詩人と、絵を描いた漫画家が、 はじめてのような、旧知のような、 不思議な挨拶を交わしました。 そして、絵本について、お互いのことについて 深く、長く、ことばを交わしました。 谷川俊太郎さんと、松本大洋さん。 わくわくするような顔合わせの対談を たっぷりとお届けします。
 
#7 ドラマのない子ども時代。
 
松本 谷川さんは、
「自分は子どものころに苦労がなかった」
っていう言い方をよくされてますよね。
谷川 はい。
松本 ひとりっ子だし、親とも仲は悪くないし、
貧乏でもなかったし、って。
それを読んで、ぼくは、なんていうかな、
わざとそういうふうに言うことにしたのかな、
って思ったんです。
というのは、子どものころって
みんなすごく窮屈に感じている
ものなんじゃないかと思ってたので。
谷川 それは、ぼく、別の言い方で言ってますね。
でも、外側の環境というのは、
ほんとに恵まれてると思ってましたから。
松本 ああ。
谷川 だけど、子ども時代は二度と戻りたくないです。
すごく閉塞感があったので。
松本 そうですか。
谷川 うん。
なんか、どうやっていいんだか、
わかんないっていう、
霧の中にいるような感じだったんですよね。
松本 ああ、そうですよね。
谷川 だから、子ども時代が幸せで、
もういっぺん戻りたい、
なんていう人の話聞くとびっくりするの。
松本 子ども時代に苦労はなかったけど、
戻りたくはない。
谷川 はい。
松本 恵まれていたといっても、
たとえば、お父さま(哲学者・谷川徹三さん)が
著名な人だということなんかも、
人によっては不幸だと感じてしまうことも
あるかと思うんですけど。
谷川 あ、そんなことはぜんぜんないですね、はい。
松本 ああ、そうですか。
谷川 いやまぁ、ある種の反面教師としてね、
反発とかは、当然ありましたけど、
父が有名だから不幸だった、
っていうふうにはあんまり思わなかったな。
松本 いや、きっと、
谷川さんはそうなんだなぁと思って。
詩を読んでいると、なんというか、
屈折したこととか貧相なことは、
決して書かれない。
谷川 うん、そうね、そうそう。
でも、一方でそれが欠点だっていうことも
自分ではよくわかっていて。
だから、おっしゃったように、
「子ども時代は恵まれていて‥‥」
みたいなことを自覚して
書いている部分はあるんですよ。
だから、大洋さんの生い立ちなんか見ると、
逆に劣等感感じるわけ。
(※松本大洋さんが現在月刊IKKIに
 連載している『Sunny』は、
 親から離れて施設に預けられていた
 自分の少年時代をモチーフにしている。
 大洋さんご自身のコメントによれば、
 「半分は本当で、半分は創作」)
なんか俺はああいう苦労を
ぜんぜんしてない、みたいなさ。
松本 ああー、そうですか。
谷川 俺、父親にね、
「おまえの詩にはドラマがない」
って言われ続けてたの。
松本 へぇー。
谷川 たしかに自分でもね、
ほんとドラマがないんですよね。
松本 でも、その、なんというか、
自分の屈折した感じとか、
「俺の孤独」みたいなものを
高らかに言ってみたりすると、
わりと簡単にドラマチックになりますよね。
谷川 うん、うん。
松本 そういうものが
谷川さんの詩のなかにはないっていうことが、
ぼくは、すっごく、なんていうのかな、
かっこいいと思いましたね。
谷川 かっこいいのかなぁ(笑)。
とにかく、人間関係で実際に
あんまり悩まない人間だったからね。
ぼくのドラマっていうのは、
「宇宙の中で20億光年孤独」
みたいなドラマだから、
人間相手じゃないみたいなところがあってね、
そうするともう、詩でも書くしかない(笑)。
だから、小説なんか、ぜんぜん書けないですね。
松本 人間関係がごちゃごちゃしてて、
みたいなこととは対極にあるというか。
谷川 そうそう。
小説なんかだと、いちいち
描写しなきゃいけないじゃないですか。
なんか着物とか、持ってる物とか、
その人の性格とか。
松本 そうですね。
谷川 そんなめんどくさいことできないよ、みたいな。
その点、漫画はやっぱり、
ディテールを調べたり決めたり
しなきゃいけないんでしょうね。
松本 そうですね。
それを考えるのが、ぼくはたのしいですね。
谷川 ああ、たのしいんだ。
松本 こいつは困ったときに爪を噛む、とか。
谷川 そういうのメモしてたりするの?
松本 そうですね。
メモしたりして、うん。
怒ったときは腕を組むとか、
そういう細かい設定を書いておいて、
人間関係をつくっていく。
谷川 うーん、なるほどね。
やっぱり小説家的なつくり方ですよね、漫画って。
長編小説だもんね、言ってみれば。
松本 そうですね。
方法論でいえば、そうなのかもしれない。
だから、詩にはならないんですね。
谷川 ああ、なるほどね。
松本 あの、ちょっと違う話ですけど、
うちの家族というのは、親戚づきあいが
ほとんどなかったんですね、
父のほうも、母のほうも。
谷川 うん。
松本 だから、「法事」っていうものが
ずっとなかったんですけど、
奥さんと結婚してからは、法事があるんですね。
谷川 奥さん側の。
松本 はい、長野の家族がいっぱいいる家で。
で、法事というものが、
見てて、ぼくは、すごくおもしろくて。
谷川 はははは。新鮮な体験なんだね。
松本 もう映画のように思えて。
それこそ、いろんな人間関係が
あるじゃないですか。
親戚のおじさんとか子どもたちとご飯食べたり、
「あの人がまた酔っぱらいそうだ」って
誰かが心配してたりとか。
そういうのを見てると、やっぱり、
漫画になりそうだなって思うんです。
谷川 うん、うん。
松本 たぶん谷川さんだったら
これを詩的に切り取るんだろうな、とか。
谷川 そうですね、
もう、瞬間しか生きてないですから。
一瞬を一場面で切り取るだけ、みたいなね。
あんたの歴史は知らねぇよ、みたいなことに
きっとなっちゃいますね。
松本 でも、谷川さんの詩をたくさん読んでると、
書いてみたくなるんですよね。
谷川 書いてみてください。
松本 そうですねぇ。
谷川 『法事』みたいな詩を書くと
おもしろいかもしれない。
松本 (笑)


(つづきます)
2014-01-28-TUE
 
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