平野レミさんと、和田誠さんのことを話そう。 平野レミさんと、和田誠さんのことを話そう。
イラストレーター、映画監督、
グラフィックデザイナー、そしてエッセイストとして、
さまざまな活躍をした和田誠さんが
2019年10月に逝去されました。

糸井重里もほぼ日も、
和田さんにはとてもお世話になりましたが、
思い出を大きく語ることをしませんでした。
ご家族をはじめまわりのみなさんもほとんど、
そうしていたのではないかと思います。

あんなに偉大な仕事を数多くのこし、
憧れている人も感謝している人も山ほどいるのに、
みんなを大袈裟にさせない「和田さん」って
いったいどんな人だったの? 

いま、たっぷり話したいと思います。
平野レミさんといっしょに、和田誠さんのことを。
第5回 レミが言ってるよ。
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糸井
和田さんは、いつもレミさんのことを
「変わってる」と言いたがっていたけど、
ぼくは和田さんのほうも、
そうとう変わってると思います(笑)。
レミ
うちの息子たちも、
お父さんはほんとに変わってるって言いますよ。
まず、和田さんは徹底的なインドア派でした。
息子の率なんかは、子どもたちを
しょっちゅう旅行に連れていくし、
いつも外に出かけるの。
これはもう、和田さんに育てられた
トラウマだと思って。
いや、そんなことはないけど。
でも、お母さん、いつも言ってたね。
「お父さんは車も乗らないし、
どこにも連れていってくれない」
想像してた結婚生活と違うんだって。
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糸井
(笑)
レミ
だって、和田さんは最初、
自転車にも乗れなかったんですよ。
近くの明治公園で私がうしろを持ってあげて、
「放すよ放すよ!」でパッと放す、
という練習をよくしてました。
糸井
それ、結婚してからですよね。
乗れるようになったんですか。
レミ
乗れるようになったけど、
結局、一度もサイクリングには行かなかったです。
私は和田さんのそんなところを
よく知らなかったから、
リュックサック買って水筒持ってお弁当用意して、
「どっかピクニック行こう!」なんて言ってた。
あっはっは、そういう人じゃなかったんですよ、
和田さんは。
でもね、和田さんに対しては、
私はひと言も文句言ったことはないんです。
糸井
うーん。そうかぁ!
レミ
一度も言わない。
離婚したいとかも思ったこともない。
ケンカもしたことがない。
糸井
それは、なんていうの、
好きだから? 
レミさんが和田さんを好きだから? 
レミ
うーんとね、
和田さんは、自分のすごい世界を持ってて、
それは絶対なおらないと思ったから。
あの和田さんの世界を変えさせるなんて
誰にもできないと思った。
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糸井
入れてくれない場所がある。
それはもう、なおらないんですね。
レミ
そう。
最初は「わーっ」となって、
日記に書くくらい驚きました。
でも、そこからはわかったの。
糸井
レミさんはつまり、
だいたいのことはあきらめるんですね。
レミ
うん、あきらめる。
糸井
すごいですね。
積極的にあきらめる人。
レミ
すっごく、あきらめます(笑)。
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糸井
けれどもレミさんは、
やるとなったら、やるじゃないですか。
まわりの話は聞きゃしないで。
レミ
やりますね(笑)。
だけど私は、和田さんのことをすごく尊敬してるし、
和田さんがちょっとふつうの人と違うということも、
なんだかわかったんですよ。



うちの父のところには、
いろんな人がたくさん来てました。
外国の人はもちろん、政治家や弁護士、
泥棒から詐欺師からお医者さん、詩人、
みんなで集まってうちでいろんな話をしてた。
そういう中で育ってるもんだからね、
和田さんのこと見て、
「ああ、この人はちゃんとした人だな」
「すごい世界を持ってる人だ」
って、すぐ思いました。
それは私には捕らえることができないものなんです。



じゃあ私もがんばらなきゃな、と思って、
料理をやるようになりました。
ああいう和田さんじゃなかったら、
私は料理をやってなかったと思う。
糸井
アウトドアに出かける人だったら、やんないね。
料理にしてもなんにしても、
レミさんがやったこと、
和田さんはいちいちよろこんでくれたわけでしょう。
レミ
安西水丸さんとコラボレーションで
絵を描くシリーズ、
ずっと画廊でやってたでしょ。
あるときそこに「知らぬがイム」って
タイトルのついた作品があったの。
私は和田さんに、
「お父さん、知らぬがイムってなあに?」
と訊いたんですよ。



そしたら和田さんがみんなを呼ぶんです。
「みんな来て、レミがね、
知らぬがイムって言ってるよ」
なんて言う。私には教えてくれないんです。
「どうして、どうして」って言ったらさ、
みんなはゲラゲラ笑っちゃってね。
ほら、イムに見えるじゃない、
ほとけっていう漢字がさ。
糸井
あああ、知らぬが仏!
一同
(笑)
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レミ
和田さんはみんな呼んじゃって、
「おもしろい、おもしろい」ってよろこんでさ。
和田さん、私のそういうところを
バカにしなかったみたい。
糸井
まちがいない、レミさんのそういうところ、
和田さんはかってましたよ。
レミ
私のこと、そうやって、
なんだか平気だったみたいです。
みっともなくないと思ってた。
糸井
はい。
和田さんは一貫してますよ、とにかく。
(明日につづきます)
2020-09-05-SAT
和田誠さんの「ほぼ日手帳2021」
2021年のほぼ日手帳のラインナップには
和田誠さんのイラストレーションをデザインした
カバー「時を超える鳥」と
weeks「星座を抱いて」が仲間入りしています。



「時を超える鳥」は、
和田さんが1977年より描きつづけている
「週刊文春」の表紙絵の第1作。
コンセプトは「表紙は読者へのおたより」です。
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「星座を抱いて」は、
2002年11月7日号の表紙絵。
和田さんが400年前の星座図を参考に
描いたものだそうです。
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和田誠さんのほぼ日手帳について、
くわしくは「ほぼ日手帳2021」のページ
ごらんください。

また、40年以上にわたって描かれている
「週刊文春」の表紙絵の初期作品をあつめた画集
『特別飛行便』も、ほぼ日ストアで販売しています。
※『特別飛行便』は完売いたしまして、再販売はございません。
(9月2日追記)
和田誠さんの
メッセージカードが届きます。
このコンテンツへの感想や、
和田さん、レミさんにむけたメッセージを
ぜひ「往復はがき」でお寄せください。
返信はがきに和田誠さんのスタンプ
(生前にご自身で作られたものと、
今回のために和田さんのイラストレーションで
和田さんのご家族とほぼ日が作成したもの、
ふたつのスタンプを捺します)
の返信はがきをお送りいたします。
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※往復はがきとは、
往信と返信がつながったはがきです。
必ず「往信」と「返信」の両方の宛先をご記入ください。
返信の宛先が未記入の場合、
スタンプを捺したはがきはお手もとに返ってきません。
ポストに投函するときには、
往信の宛名が外側になるようにふたつ折りにしてください。
往信はがきの裏面には、ぜひコンテンツの感想や
和田さん、レミさんへのメッセージをお書きください。
<ご注意>返信はがきの裏面には何も書かないでください。



※いただいたはがきの内容は、
平野レミさん、ご家族、ほぼ日が拝見します。
ほぼ日刊イトイ新聞で内容を公開することがあります。
返信はがきに記載された個人情報は、
はがきを返信するためにのみ使用します。



※返信はなるべくはやめに
お出しするようにいたしますが、
みなさまからいただく数によっては
時間をいただくことがあります。
また、郵便事情等による不配につきましては、
責任を負うことはできかねます。
どうぞご了承ください。
往信の宛先:

107-0061

東京都港区北青山2-9-5-9階

株式会社ほぼ日

平野レミ様



返信の宛先:

ご自身の住所、お名前



締め切り:

2020年10月7日消印有効