HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN

時間を消す、時間が見える。

──
瀧本さんの広告の仕事の写真には、
完成形からは
ちょっと想像できない創意工夫が
凝らされている場合があると、
たしかなスジから聞いていまして。
瀧本
大げさなことではないんですけど。
──
きっと瀧本さんは、
「こんなことして撮ってるんです!」
と声高におっしゃるタイプでは
ないと思いますので‥‥
今日は本当にありがとうございます。
瀧本
いえいえ。


マニアックな話になってしまったら、
すみません(笑)。
──
ではまず、多くの広告賞を受賞した
「世界卓球 2015」の写真のお話から、
お聞かせいただけますか。
瀧本
これは、たしか当時まだ20代だった
電通の上西祐理さんが、
アートディレクションした広告です。


当初、イラストでいくか写真でいくか、
迷ってらっしゃったようですが、
僕のところに来た段階では
「絵のようにグラフィカルなんだけど
よく見たら写真、
みたいなヴィジュアルにしたい」
というようなオーダーだったんですね。

──
写真を絵のように‥‥グラフィカルに。

難しいお題なのではないでしょうか。
瀧本
写真を「絵のように」したい場合には、
やっぱり工夫が要りますね。


ふつうに撮ってしまったら、
どうしても、リアリティのある写真に
なってしまいますので。
──
リアリティがあるということは‥‥。
瀧本
「絵のように」は、ならないです。


そこで卓球の球をテグス(透明の糸)で
空中に吊って、
完全に静止させた状態で撮影することに
したんです。
──
それが、こちらの写真。

瀧本
はい。
──
不思議な印象を持つ写真です。


実際の卓球の試合を撮った写真とは
明らかにちがって、
非常に独特な時間の感覚があります。
瀧本
そこがねらいです。
──
何より、まさしく「絵のよう」です。


ちなみにこれは、
テレビ東京の『世界卓球2015』という番組の
ポスターなわけで
実際の卓球の試合を撮ることも
できると思うのですが、その場合は‥‥。
瀧本
温度の高い写真になっちゃいます。
──
温度。
瀧本
熱量が高い‥‥というか。
──
すると「絵のように」はならない?
瀧本
難しいと思います。


温度や熱量を感じさせないように、
まるで時間が止まったように撮らないと、
絵のようには、なかなか。
──
そこで、空中で静止した球を撮った、と。
瀧本
これ、逆に時間を感じません?
──
はい、たしかに!

もっと言うとスピード感すら感じます。
瀧本
ものすごい一瞬を切り取ったようなね。
──
時間を止めると、スピード感が出る。

時間を消したら、時間が見えた‥‥。
瀧本
左側の卓球台の上に描かれた白いラインも、
ふつうに撮影してしまうと、
奥へいくにしたがって、線が細く写ります。
──
カメラから遠ざかるわけですものね。

でも、一定の太さに見えますが‥‥。
瀧本
手前から奥へいくにしたがって、
白線を、じょじょに太くしているんです。


それは、白線の幅が同じに見えるほうが、
より平面的に、より絵のように、
よりグラフィカルな印象になるからです。
──
具体的には‥‥。
瀧本
いろいろテストして検証していった結果、
手前を3ミリ、
奥を6ミリの太さで描いています。
──
そうすると、白線が一定の太さに写る?
瀧本
実際には奥に行くほど太くなってるけど、
写真に撮ると、そう見えない。


ずーっと一定、同じ太さに写るんです。
──
そんな、数ミリ単位のチューニングが
なされていたとは‥‥。
瀧本
この部屋で一回目の打ち合わせをしたとき、
机上で話していても埒が明かないので、
テーブルを脇に寄せて、
撮影のセッティングを実際に組んで、
テストしながら、いろいろ話したんですね。


そのとき切ったポラが、これなんです。

──
おお。最終形が、ほぼ「見えて」いる。
瀧本
たぶん、本番で使うであろうカメラと
レンズを用意して、
撮影のセッティングを組んでみたら、
卓球台も、実際のサイズでは、
ちょっと小さいことがわかったんです。
──
カメラに写る範囲に対して、
卓球台の端っこが足らずに切れちゃう。
瀧本
そこで、撮影用に、
通常より少し大きい台をつくってます。


卓球の球も、
本物だと、うっすら透けたりしたので、
いちどグレーの塗料を塗ってから、
そのうえからさらに白を塗っていたり。
──
球が透けないようにしたことの意味も、
「絵のような写真」にするために。
瀧本
マットな質感だと、ペタッとするので。
──
写真というのは、そもそも
立体を平面に変換する行為ですけど、
この場合は、そこのところを
さらに極端に推し進めてるんですね。
瀧本
そうですね。
──
はー‥‥おもしろいです。
瀧本
この仕事は、ラフの段階で完成度が高くて、
ほぼイメージができあがっていたので、
僕の役目は、
それをどうやって写真に撮るか‥‥でした。
──
でも、第一回目の打ち合わせで、
ほとんど完成形が見えているところも、
さすがだなあと思いました。
瀧本
打ち合わせのときは、状況が許すなら、
実験や検証をしながら、
話を具体的に進めることが重要ですね。


なんとなく、
「ま、じゃ、あとは現場でよろしく!」
みたいな感じだと‥‥。
──
うまくいきませんか。
瀧本
本番前の打ち合わせって、
1~2回くらいしかできませんよね。


その数少ない機会に、
手間暇を惜しまないことが重要です。
──
なるほど。
瀧本
そうすることで、
お互いに共有できることが増えますし、
本番で何か問題にぶつかっても、
高いレベルの解決策が、
その場で出せるようになると思います。

(つづきます)2018-07-30-MON