第16回 特別番外編 アルス・エレクトロニカ授賞式レポート

これまでのインタビューでも触れていますが
西條剛央さんが代表をつとめた
「ふんばろう東日本支援プロジェクト」は
「コンピューター界のオスカー」
と呼ばれる
アルス・エレクトロニカの最優秀賞、
「ゴールデン・ニカ賞」を、受賞しました。

どんなようすだったのか気になったので
奥さまと1歳の娘さん、そしてお母さんとともに
オーストリア・リンツでの授賞式に出席し、
お戻りになった西條さんに
授賞式のようすや現地で感じたこと‥‥などを
エッセイ風に書いていただきました。

「すみません、最後は
 なんだか
 親バカ話みたいになってしまってますが‥‥」
(西條さん)
とのことですけど、いえいえ、
西條さんのお人柄がにじみ出ていて、素敵です。
あたたかいレポート、ありがとうございました。

現地の写真とともに、お楽しみください。

いきなり通訳用のヘッドフォンが壊れて焦る

授賞式の会場では、
受賞者とのやりとり以外は「ドイツ語」でした。

ドイツ語はわからないので
英語の通訳が聞こえてくるヘッドフォンを
借りたのですが、
床に落としたら動かなくなってしまい、
何を言っているのかさっぱりわからず、
急激に緊張してきました(笑)。

しかし、過去受賞者の「明和電気」さんの
ユニークなパフォーマンスで笑ったりしていると
だんだん「いつも通り」となり、
司会者とのトークも
リラックスして臨むことができました。

photo : Florian Voggeneder

まるで王子さまのようなプレゼンター

トークの前には
「ふんばろう東日本支援プロジェクト」の動画
流れました。
(上記をクリックするとYouTubeのページに飛びます)

成功の鍵は何だったのでしょうと聞かれたので
構造構成主義のことを少し話しました。
(授賞式のようすはこちら/YouTubeのページへ)

「今後の展開は?」というの質問には、
「ふんばろう」をひとつの支援モデルとして
広げていきたいこと、
個人的には、構造構成主義の考え方を通じて
福島の原発事故のような
理不尽な出来事を受け入れなくて済む、
より平和な社会にしていきたいと話しました。

まるで「王子さま」みたいな見た目の
オーストリア外務大臣から、
ピッカピカの黄金のトロフィをいただきました。

photo : Florian Voggeneder

こちらが「ふんばろう東日本支援プロジェクト」の展示コーナー。

四苦八苦して英語で書き上げた論文や冊子は
ありがたいことに
印刷した2000部があっという間になくなってしまいました。

参考‥‥展示物は「ふんばろう」の英サイトから閲覧したり、
ダウンロードしたりすることができます。

今回「ふんばろう」が受賞した
デジタルコミュニティ部門の受賞者フォーラムでは
プレゼンに望む前に
MITの石井裕先生から的確なアドバイスをいただき、
おかげで、
「ふんばろう」のコンセプトを
うまく伝えることができたように思います。

個人的に嬉しかったのは
受賞メールが「迷惑メールにそっくり」だったため、
迷惑メールのボックスに入ってしまい、
受賞に気づかなかった‥‥というエピソードで
その日いちばんの笑いをとれたことです。

また、まじめ方向の話で嬉しかったのは、
質疑応答では
「ふんばろう」への質問がたくさんあったのですが、
その場で
すべての質問に答えることができたこと。

苦労しながら英語で論文を書いたことで
ずいぶん鍛えられていたんだなあと実感しました。

photo : Florian Voggeneder

photo : 石井裕

あたたかなまなざしの、リンツの人たち。

アルス・エレクトロニカ・フェスティバルは
オーストリア・リンツの人たちにとっても、
年に一度のビッグイベントでした。

ショッピングセンターの中など
街のなかに10箇所以上、会場がありました。

授賞式に参加していたのか、
何かのメディアで見たのかわかりませんが、
街を歩いていると
ときどき「Congratulation!」と
見知らぬ人から、声をかけられました。

リンツでいいなあと思ったのは、
子どもや赤ちゃんを見る目が、すごく優しいこと。
すれちがいざまに、
とてもあたたかなまなざしで娘を見たり、
話しかけたりしてくれます。

娘は「金髪のきれいな女性」が好きみたいで、
優しそうな人がいると
トコトコ歩いていって抱きついて離れず、
ずいぶん長く、遊んでもらったりしていました。

ノーボーダー。無敵。
赤ちゃんには国境もコトバも関係ないのだなと。

同じくらい歳の子どもを連れた人がいると、
娘がその子と遊びはじめるので、
現地の人と話す機会が、自然に生まれます。
子育てについてのことなどは
どこの国でも同じなんだなと実感しました。

1歳半ぐらいの子が
「ダンケ(ありがとう)」とつぶやいていたのが
本当に、かわいかったなあ。

あるときに、通りすがりの老夫婦が、
「なんてかわいい子なの!」
と、娘をかわいがってくれました。

「あなたたち、
 アルス・エレクトロニカ・フェスティバルに
 来たの?」と聞かれたので、
「はい、そうです。
 ゴールデン・ニカを受賞したもので」と言うと
「まあ、素晴らしいわね!
 おめでとう!
 でも、あなたにとっての
 ゴールデン・ニカ(女神)はこの娘さんね」
と言ってくれました。

ぼくは「That’s true!」と答えました。

ゴールデン・ニカ賞のトロフィ。photo : tom mesic

今回、ぼくにはひとつミッションがあって、
それは
「母を、この授賞式に連れてくること」でした。

母は、津波で兄を
(ぼくにとってのおじさん)を失っています。

「この悲惨な出来事を肯定することは
 決してできないけれど
 あのことがあったからこんなふうになれたと
 思うことはできる。
 それが、ぼくたちが目指すべき未来なのだ」

2011年3月16日、
震災後、はじめてブログに書いた言葉です。

震災は、ぼくたち家族にとっても
「おじさんが見つかって本当によかった」
と言わなければならない
本当に悲しい出来事だったのですが
それだけで、終わりたくなかったのです。

日本に帰ると、母からメールが届きました。

「自分の息子だけど、
 日本人として誇らしく思えた。
 剛央が『ふんばろう』の代表という大役を
 果たせたのも
 多くの人に支援をしてもらったおかげだと
 実感できた」

うれしかったです。

西條さんの「ゴールデン・ニカ(女神)」と。

<終わります>
2014-10-13-MON