ほぼ日手帳2016 PRESENTS 手帳のことば展
似ているふたり、
初めてのことば。
松本隆×糸井重里スペシャルトーク


第4回 妹のランドセル
松本
大学でバンドをやっていた頃には、
踊らせる音を出していました。
軽井沢の三笠会館っていう立派な館で、
毎週土曜日にダンスパーティで演奏していたんです。
糸井
そこでも音楽の種類はR&Bですか。
松本
そうですね、やっぱりR&Bが僕らの基礎ですから。
「はっぴいえんど」でもドラムとベースはR&Bで、
その上にフォークが乗ってるんですね。
糸井
たしかに、そういう構造ですよね。
上に乗っているフォークは、
わりと社会に蔓延していた学生ものの言語ですよね。
ただ、下を支えている下半身は
女の子を口説きに行くような場所で
官能的なものをかきたてる音楽だったと。
松本
うん。グルーヴはけっこう官能的だった。
この間、東京国際フォーラムで演奏した時も、
『花いちもんめ』あたりかな。
演奏してる途中で、自分が乗ってきちゃってね(笑)。
このグルーヴはちょっといいかも、って思った。
糸井
こんなバンドが「はっぴいえんど」だった、
っていうのを思い出すこともあるでしょうね。
R&Bの骨格が出てきちゃったりして。
松本
解散後には、なかなか集まらないですからね。
もう全然時間がなくて。
やりながら
「あ、これが『はっぴいえんど』だな」と思う。
だいたいね、僕がドラムやるって、
本当にリカバーしなくちゃいけないんです。
40年間のブランクがあるんですから。
糸井
本当にドラム叩いてなかったんですか?
松本
全然やってないんです、マジに。
だって、ドラムって1人じゃできないんですよ。
やっぱり、仲間がいないとね。
糸井
1人草野球ってないもんね。
松本
石原裕次郎みたいに、
♪おいらはドラマーって
言ってもつまんないし(笑)。
やっぱり、仲間がいないと。
糸井
バンドごっこもしなかったんですね。
松本
年とったらしたいですけどね。
何の話してるんだか(笑)。
糸井
いやあ、松本さんの根っこに
バンドマンがあるんだっていうのが、
なにしろおもしろいです。
松本
やっぱり、根っこにはありますね。
糸井
で、そこから「お前、詞だな」って
言われたっていう話もまたいい。
松本
それで、すぐその気になっちゃって、
詞ばっかり書いたっていうね(笑)。
糸井
それは楽しかったわけですか?
松本
うん。詞は楽しいですね。
糸井
やっぱり、あの時代に流行っていたものって、
読んでた本なんかに自然に影響されるから、
シュールレアリズムだとか、
それこそ唐十郎さんがやることっていうのは、
順番に言葉を辿っていけば、
誰でもわかるようなことは書いてないわけですよね。
松本
でもね、『風をあつめて』を作った時は、
みんなから、難解だってものすごく言われた。
僕は全然そう思ってないんだけど。
糸井
もっと難解なのを、山ほど作ってますよね。
松本
全然難解じゃなくて、
ライブの時だって、みんなで合唱したじゃないですか。
あの詞って、すごくシンプルなことを言ってるんです。
「風をあつめて飛びたい」って、それだけなので。
その瞬間の、心の浮遊する感じが
みんなに受けたんだと思うんです。
糸井
たぶん「何が、何して、なんとやら」っていうふうに
わからないと、難解だっていう人はいるので。
作文のように書いてないと難解で、
飛躍はダメっていう人たちはいますから。
松本
まぁ「惚れた腫れた」は全然書いてないから、
それがないとつまらないと思う人もいると思うね。
糸井
「風って、どうやってあつめるんだよ!」みたいな、
そういうタイプの人がいるから、
しょうがないんですよね。
だから、『風をあつめて』というのは、
松本さんの中では「歌ってればわかるよ」って
言いたくなるような詞ですよね。
松本
全然やさしい歌だと思うんですけどね。
それでも、わかんないものですね。
糸井
そういえば、レコードジャケットに
松本隆の手書きの作詞が‥‥。
松本
はい、『風をあつめて』は僕の字です。
糸井
ですよね。ああいうの見てると、
やっぱり若い人に特有の漢字の使い方とか、
こういうのやってみたいなぁ、
みたいな気持ちが表れてますね。
松本
もうね、異常に変な漢字でね。
糸井
あの遊びが、とっても楽しかったんでしょうね。
松本
あれは若気の至りです(笑)。
あの時ね、ちょうど
ゴシックロマンスっていうのが流行っていて。
糸井
『黒死館殺人事件』とか。
松本
むずかしい漢字がいっぱいあって
あれは好きだったんですよ。
糸井
ああいう本を読むと、
「俺もやってみたいな、できるかな」
っていう気持ちになるんですよね。
松本さんの『風をあつめて』も
歌詞が字幕で出るんだけど、
ステージにいる若い女性の歌手とかは
読めないっていうか、知らないの。
当て字で書いてあったり、難しい字で読ませるから。
そんな遊びを、若い人たちが
暴走族のようにやってたんですよね。
あれって、小さなエリート意識なんでしょうかね。
松本
いやぁ。若い頃にはあったねえ。
糸井
アグネス・チャンには、
あんなことしてないですもんね。
松本
アグネスの時には、とにかくやさしく。
誰でもわかるように。
糸井
でも、自分が作りたいものじゃなくて、
みんなが喜んでくれるものを作るところに、
どうやってポンッと行けたんですか。
松本
それはね、ライブの2日目に言ったんですけど、
僕には病弱な妹がいたんです。
だから、学校に行く時に妹の分まで
ランドセルを持っていってあげた。
肩に2個持ちですよ。
糸井
小学生だと自分も小さいから、
2つ持つって、けっこうなもんですよね。
松本
重さはまだいいんですけど、
赤いランドセルを持ってると、
友達にからかわれるのが、ちょっと嫌でね。
糸井
あぁ、なるほど、なるほど。
松本
「なんで俺はこんなことしてるんだろう」と思うんだけど
結局、そういう妹と一緒に育っていくわけですから。
普通の人よりも、生と死の境界線みたいなものが、
日常の中で畳の目のようにあるわけです。
そういうのを感じやすくなっていたんですよね。
糸井
うん、うん。
松本
僕には、妹が持てないランドセルまで
持ってあげることが身に染みついているから、
歌手のために何かするっていうのも自然なことでしたね。
だから、これが天職だったんだと思います。
糸井
何かをしてあげるっていうことが、
身に備わってるっていう感じなんですかね。
松本
そう。もう1つは生き方として、
誰でも、自分が得したいわけじゃないですか。
でも、自分が得する時に、
周りにいる2、3人にも、できれば得してほしい。
これはきっと、糸井さんもあると思う。
糸井
ありますね、それは。
松本
自分だけじゃだめで、一緒に得できるような
ちょっとしたハンドリングがあるわけですよ。
それがたぶん、僕にできたんだと思うし、
糸井さんも今も実践してるはず。
糸井
あぁ。だから、楽しいってことですね。
松本
うん、そうです。
ライブにお客さん1万人が集まって、
裏方のスタッフもいてくれて、
ステージの上の人たちも集まってくれる。
まぁ別にさ、そういうもののために
やっていたわけじゃないんだけど。
糸井
うん、うん。よくわかる。
松本
いつか、こういうことがあればなという理想ですね。
妹は26歳で死んじゃうんですけど、
生まれた時には「1年もたないだろう」って
言われていたのが26歳までもったわけで。
彼女なりに人生を全うできたと思うし、
兄としてもよかったと思う。
そんなことだろうと思うんですよ、人生って。
それなら、終わってもいいんじゃないかな。
だから、この間のライブで
もう人生終わってもいいような気がする。
糸井
確かにあのライブは、素晴らしいものでした。
もう本当に集大成っていうか。
松本
僕がライブの後で、
「この45年‥‥生きて、幸せでした」
とか言ったらしいんだけど。
もうね、頭が何言ったか覚えてないんです。
なんで、キャンディーズみたいなこと言ったんだか。
観客
(笑)
糸井
いや、僕は本当にね、
ライブで何も用意していない言葉を絶えず
しゃべっていた松本さんに、
とても好感を持っているんです。
松本
そんな、お恥ずかしいです。
糸井
いやあ、よかったですよ!
人間って、存在自体に価値があるわけですけど、
そこに何かを付加したいと思うから
考えていることをしゃべったりするんです。
自分が主役なのに、何にも考えてないぞ、と思って。
それが松本隆に見えたから、いいですね。
松本
僕がメインでやってるからしゃべれなんてさ、
明石家さんまみたいにしゃべったら、
みんなから引かれると思うんだ。
糸井
「さぁ皆さん、ようこそいらっしゃいました!
 松本隆でございます!」
観客
(笑)
糸井
それは、また逆に見てみたいけど。
松本
キャラじゃないからね。
ライブの時には、ドラム叩くのにもう精一杯で。
命ギリギリって、こういうことだなって(笑)。
間違えると、細野さんが振り向くし。
糸井
思いやりの目で見たりするし。
松本
なんかさ、慈しみの目で見てきたりして。
ああ、すごく嫌だなーと思って‥‥。
とにかくドラムを間違えずに叩いて、
『はいからはくち』の途中で止まらないように。
確率的には、3割くらいひっかかったと思うんだけど。
フィギュアスケートで4回転とかやるじゃないですか、
ずっとあんな気持ちでした。
糸井
あぁー。
松本
失敗する確率は3割ぐらいあったと思うけど、
その7割で無事通過。
1日目の演奏、2日目も無事に通過。
もうね、終わったあとに何しゃべるとか、
そんな余裕ないの。
糸井
あの舞台のおもしろさっていうのは、
まずお客さんが喜んでいて、
それから、ステージに立つ歌手の人たちも、
「さぁ、歌うぞ!」ってうれしそうにしてたんだよ。

(続きます)
2015-10-28-WED