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LIFEのBOOK ほぼ日手帳 2017

LOFT手帳部門12年連続NO.1

ほぼ日手帳 2017

手書きの文字のおもしろさ。井原奈津子さんが集めてきた手書き文字。

2オザケン写経。

――
手書き文字に注目するなかで、
気に入っただれかの字をまねして書くことも
あるんですか?
井原
中学生のころ、
『りぼん』に
『月の夜 星の朝』というマンガを描いていた
本田恵子さんの字がすごく好きで。
そのマンガの主人公に憧れたこともあって、
よくまねして書いていました。
――
すてきな字ですね。
井原
丸っこさはあるんだけど、
ぶりっこのクルンクルンした丸文字じゃなくて、
ちょっととがっているところもあって、
上手に見えるんですよ。
それから、
字をまねしたといえば、オザケン。
――
小沢健二さん。
井原
雑誌に手書きの歌詞が載っているのを見て、
「うわあ!」と思って。
――
それは、どういう気持ちなんですか?
井原
もともと小沢さんのことは好きだったんです。
そんな小沢さんの手書き文字を見たら、
あまりに素敵で、
好きな気持ちが倍増してしまって。
その「うわあ」です(笑)。
しばらくまねして、
なんども書いていましたね。
いまの自分の字にも影響しているかもしれません。
――
自分の字に影響を及ぼすほど。
井原
そう。その思いが高じて、
オザケン文字写経会というイベントを、
何度か開催しました。
何人か集まって、
みんなでオザケンの字を書き写すっていう。
――
オザケン写経!
井原
でも、お手本のとおりに書いているつもりでも、
できあがってみると、みんな違うんですよ。
お手本より丁寧に見えたり、
若さを感じるものがあったり。
――
こうやって文字をまねするときは、
形を再現するために
ふだんより時間をかけて書くんですか?
それともふつうのスピードで?
井原
人によりますね。
ゆっくり書かないと
文字を真似られないっていう人もいるし、
「速く書かないと、この雰囲気が出ない」と、
形そのものよりは雰囲気を重視して
スピードを再現しようとしている人もいました。
――
井原さんはどっち派ですか?
井原
私は形とスピード、両方再現したいんですけど、
結局は一生懸命形を追っちゃうほうかな。
以前、小沢さんが字を書いている姿が
「Olive」に載っていたんですよ。
けっこうペンの上のほうをもっていたので、
「これがふだんの持ち方なんだな」と思って
まねしてみたんです。
「たしかにこの持ち方だと、
このストロークが出るんだな」って。
――
持ち方まで!
模写すると、
その字に対する理解が深まりますか?
井原
模写ってね、なんて言うんだろう、
ちょっと、のぞき見しているみたいな
感覚があります。
「この時のこの線はこの速さで書いたな」
というのを細かく想像しながら書いてみると、
ちょっとふしぎな感覚に陥るんですよ。
――
その人の、その文字を書いたときの手の動きを
再現するわけですもんね。
井原
そう。
一般の人の字も模写しましたよ。
これが大学1年の時に、
知り合いの人の字を模写したものです。
「この人の字、かわいいよな」と思ったんだけど、
大きい紙だったり、逆にちいさな紙切れだったりして
集めるのがたいへんだったので、
ちょっとまとめたいなと思って、
自分で書き直してみたんです。
――
コンパクトに収集したいから
書き直してまとめる、
というのが面白いですね。
井原
そう。同じサイズの紙にそろえて、
めくって見られるようにしたくて、
書き直した。
――
直筆である必要はないってことですか?
井原
本当は直筆のほうがいいんですけど、
このときは、
「この文字を自分でも書いてみたい」
という気持ちも含まれていたんですよね。
――
模写するとき、
書かれている内容のことは
どうとらえているんですか?
井原
意味はほとんど考えませんね。
字をパッと見てなにか思うときは、
中身はぜんぜん読んでいないことが多いです。

以前、植草甚一さんの字が雑誌に載っていて、
「すてきな字だなあ」ってスクラップしたんです。
20年くらいたって改めてよく読んでみたら、
それ、植草さんの遺稿だったんですよ。
「あと何日か何か月すれば、
ぼくが老衰で死んでしまう」

と書いてある、壮絶なものだった。
私この内容にずっと気づいてなかったんだな、
ってびっくりしました。
でも、字のあらわすエッセンスみたいなものは、
感じ取っているつもりではいるんですけど。
(つづきます)