「ほぼ日手帳2016 spring」岡本太郎特集 <みんなのTARO 2016>自由・誇り・尊厳、
そして”いのち”。
岡本太郎記念館館長
平野暁臣さんに聞く
『太陽の塔』と『明日の神話』のストーリー


(3)作品にこめられたメッセージ。

太郎はどんな思いで『明日の神話』を描いたのか。
本人が何も語っていないので、
わからないことばかりだけど、
ひとつ確かなことは、描かれているのが
「核がさく裂した瞬間」であるということ。
そして、それにもかかわらず、
前向きのエネルギーに満ちていることです。

原爆を扱った芸術って、いろいろありますよね。
みなそれぞれに個性的で素晴らしいけど、
ひとつだけ共通していることがあって、
それは、いずれも
「痛い」「苦しい」「悲しい」「辛い」っていう
被害者の絵だということ。
「こんなに悲惨な出来事だった」とか、
「この惨劇を忘れるな」といったような、
つまりは、悲劇を生々しく
記録しようとするものなんですね。

だけど『明日の神話』は、まったく違います。
〝その先〟が描いてあるからです。
「たしかに核は悲惨で、邪悪なもの。
 でも、人はそんな惨劇さえも、
 誇らかに乗り越えられるはずだ」
っていう、すごく前向きな絵なんですよ。
こういう視座で核と対峙している芸術って、
たぶん世界にこれひとつじゃないかな。

真ん中の骸骨は、核に焼かれながら、哄笑しています。
屈したり嘆いたりするかわりに、
誇らかに燃えあがっている。
邪悪な破壊の力が炸裂した瞬間に、
それと同じ強さで人間の誇りと憤りが
燃えあがっているんです。
だから、『明日の神話』なんです。
残酷な悲劇を内包しながら、その瞬間に
誇らかな明日の神話が生まれるんだ、
というメッセージです。

『太陽の塔』の造形についても、
太郎自身はほとんど何も説明していないけれど、
3つの顔が、それぞれ
「現在・過去・未来」を意味していることはたしかです。
この手帳に使われている「黒い太陽」は、
塔の背中にあって、
「過去」を象徴しています。

万博当時、『太陽の塔』の背後には
「お祭り広場」が広がっていました。
「お祭り広場」は大阪万博の目玉企画のひとつで、
演者と観客が渾然一体となって祭りを楽しむというもの。
その祝祭空間に向けて、
太郎は「黒い太陽」を描いたわけですね。
イメージは「司祭」だったと思います。

多くの人は『太陽の塔』を
巨大な彫刻だと思っているけど、ぜんぜん違います。
あれは彫刻じゃない。
内部に展示空間を擁するパビリオン建築だった、
という意味だけでなく、
存在のあり方そのものが、
彫刻とはまるで違っているんです。
それどころか、いわゆる「芸術」ではない、
と言ってもいいんじゃないかな。

彫刻に限らず、美術館をグルグル巡回している
普通の芸術作品って、すごく抽象的なものでしょう?
もちろん作品そのものには、
作家の思いやコンセプトをはじめ
いろんな情報が詰まっているけれど、
すべてが自己完結しています。
〝相手〟はいないし、その必要もない。
だから、どこに持って行っても、
展示台の上にセットしさえすれば、
きちんと役目を果たすわけです。
じつに抽象的な存在なんですね。

でも『太陽の塔』は違います。
大阪万博という国家イベントのド真ん中に、
万博の主役である「大屋根」に穴を開けて
突き立てるために考え出されたのであって、
はじめから〝対峙するもの〟として構想されている。
最初から相手がいたし、敵がいた。
存在そのものが、じつに生々しいんですよ。
一般の彫刻作品とはモチベーションが違うんです。

これも誤解している人が多いけれど、
あんな巨大モニュメントをつくって欲しいなんて、
太郎は誰からも頼まれてませんからね。
彼が引き受けたのはテーマプロデューサーであって、
その職責はテーマ館の展示企画です。
あんなものが立ち上がるなんて、だれも考えていなかった。
『太陽の塔』は、太郎が勝手に構想し、
力づくで突き立てたものなんです。

ではいったい、太郎はなんのために
『太陽の塔』をつくったのか。
大衆にメッセージを打ち込むためです。
太郎は日本人の意識を変えるために
『太陽の塔』をつくった。
ぼくはそう考えています。

大阪万博の入場者は6421万人。
これって、当時の人口の半分以上ですからね、
常軌を逸していると言っていい数字です。
これほどの数の日本人が一度に集結した。
日ごろ美術展などに行かない層を含めて、
ありとあらゆる日本人が、一堂に会したわけです。

日本の文化を、日本の感性を、日本の社会を
変えたいとつねづね考えていた太郎にとって、
二度とない絶好のチャンスです。
このチャンスを生かして、日本人の精神を覚醒したい。
おそらくそう考えたんじゃないかと思います。

『太陽の塔』は、大衆に太郎の思想を届けるメディアです。
メッセージは多層的で、大きく二つのレイヤーがある。
最初のレイヤーは
「万博の価値観なんか信じるな!」です。

先ほど、『太陽の塔』には相手がいたし、
敵がいたと言いましたけど、
それが万博という制度が本来的にもつ価値観であり、
それを支えるモダニズム思想です。
『太陽の塔』は、
反万博、反モダニズムのアイコンなんですよ。

(つづきます)

2016-02-06-SAT