2019年の「海大臣」のエピソード、
ちょっと長めに説明します。

「ことしの海苔は記録的不作」
「半世紀ぶりの大凶作」

そんなニュースが流れたのは
今年の春、まだ寒さが残る頃でした。
この不作は全国的規模で、
「海大臣」のふるさと有明海も例外ではないと
新聞やネットは報じていました。

海苔は海を畑にした「農作物」。
おいしい海苔をつくるためには、ゆたかな海、
そして気温や海水温の安定がたいせつです。
いくらつくり手が毎日海に出て、
健康に育つよう、まめに手入れをつづけても、
ままならないのが、自然。
農業でも年によって
「天候不順により、畑作に影響」とか、
「雨不足で米作に打撃」ということがありますよね。
それと同じで、海苔の畑となる海は、
この冬、海苔の生育に適さない環境でした。

海水温が下がらない!

具体的には、海苔の健康な生育には
海水温があるていど下がる必要があるのですが、
海があたたかいままだったこと、 そして山から川をくだって海に届くミネラル分が、 海苔の栄養になるのですけれど、
有明海周辺も雨が少なく、
筑後川からの流水が減ってしまったことも、
不作の原因となりました。
この「海苔の不作」の報せを受け、
「ほぼ日」海大臣チームは、
ことしの海苔に、いつもの年のようなおいしさは
期待できないのかもしれない‥‥と、
ちょっと、覚悟をしていました。

そんななか、仕入れの担当である
林屋海苔店の相沢裕一さんは
「がんばって、おいしい海苔を探してきます」
と気を吐いていました。
じっさい、早い時期に入札に参加した
林屋海苔店の相沢さんからの「第一報」は、
驚くべきものでした。

「おまたせしました!
今年も『海大臣』らしい、
いい海苔が集まりましたよ!
たのしみにしていてくださいね」

えっ! 相沢さん、今年の海苔は不作だと
ニュースで流れていましたよ。
有明海も、例外ではないって。

「そうなんです。それはほんとうのことです。
ですが、ほんとうに、運よく、
いい海苔が手に入ったんです。
ぼくら、ついてますよ!」

そうして相沢さんの持ってきてくれた
海苔を試食して驚きました。
たしかに「いつもの海大臣のおいしさ」と太鼓判が押せる
おいしい海苔がそろっていたからです。

幸運だった「冷凍網の一番摘み」。

海苔は、毎年4月から育成が始まります。
(これから販売をする海苔は、
2018年の4月からそれが始まったことになります。)
牡蛎の殻をつかって培養を始め、
夏の終り頃に、海苔のタネを網に定着させる
「採苗」(さいびょう)を行ないます。
その後、海に支柱を立てるか、
浮き流しで網を海中に広げ、
25枚から30枚をかさねて「タネ網」を育てます。
この時期を「育苗」(いくびょう)といいます。
その後、重ねて張られていた網を減らし、1枚にして、
「単張り」と呼ばれる本格的な育成に入ります。

その最初の1枚が「秋芽」といわれる網。
その網から最初に摘まれた海苔が、
「秋芽の一番摘み」と呼ばれ、
お茶でいうと「新茶」ということになります。

残った網は、健康なまま、冷凍にしてとっておきます。
それを、海況がよくなったタイミングで順番に海に出します。
そのなかかから最初に採れた海苔を
「冷凍網の一番摘み」といい、
新茶のようなイベント性はすくないけれど、
とてもおいしい海苔になることが多く、
市場では価値のあるものとして取り扱われます。

有明海ではこの「冷凍網」を、
海水温がじゅうぶんに下がるのを待ち、
例年より1週間遅れで、
12月の最終週に海に出しました。
そこから、摘み取るまでの間は、
海況も天候も落ち着いて、
また海苔特有の病気もなく、すくすくと育ち、
年が明けてから摘まれた海苔である
「冷凍網の一番摘み」は、
いつものように、ちゃんとおいしい海苔だったのです。
相沢さんが味見をして
「いい海苔が集まりましたよ!」
と言ったのは、その海苔だったのです。
わたしたちは、「冷凍網の一番摘み」から、
じゅうぶんな量を仕入れることができました。

そんなふうに順調にすべりだした有明海の海苔づくりでしたが、
その後、海水温が思うように下がらず、
また、川の水が例年より少なかったことで、栄養がたりなくなり、
有明海のみならず全国の海苔の産地で「不作」と言われる
状況になってしまったのでした。

つまり今年の「海大臣」はとても幸運な海苔。
「不作にしては」ということじゃ、ありません。
それと関係なく、おどろくようなおいしさを、
お届けできることになりました。

ほっと胸をなで下ろした選考会。

食べ比べて決める「試食選考会」は、
相沢さんと林屋海苔店のみなさん、
九州の海苔関係者のかたがた、
フードスタイリストの飯島奈美さん、
「ほぼ日」からは糸井重里と担当チームが参加。
さらに、糸井重里が好きなおすしやさんである
「はしぐち」さんに協力いただき、
5月12日に行ないました。

「海大臣」は、仕入れる種類を決めずにいます。
いい年だったらたくさん、
そうでない年は厳選して仕入れます。
「海大臣」として合格ではないと判断した海苔を、
むりやり入れることもしません。
おいしい海苔を、採れたぶんだけ、という方針なんです。
すでに、この会にさきがけての最初の試食で、
4月の「生活のたのしみ展」で先行販売した
ふたつの海苔「番外一」「番外二」を選んではいましたが、
5月の選考会には、相沢さんは
その2つをふくむ14種類もの海苔を持ってきてくれました。
その表情から、自信がうかがえる‥‥!

結論。
今年、相沢さんが探した海苔は、
すべて「海大臣」として仕入れることにしました。
なぜなら、ぜんぶ、ちゃんと、おいしかったから。
極端にとびぬけた個性の海苔がある、
という年ではありませんが、
「海大臣」の名前を冠してはずかしくない海苔ばかり!

そして、14種類のうち2種類は、
「しお加工」をすることにしました。
加工しないと弱い、というよりも、
加工するとさらに個性がひきたつ、
と判断した海苔をえらんでいます。
この「しお」は、夏と冬、別々のものを販売しますが、
ほかの12種類は、同じものを半数ずつ用意します。
焼き加工をする前の海苔は、
専用の冷蔵庫に入れて保存し、
販売をする直前に火入れをします。
夏、冬とわず、鮮度のいい状態でお届けします。

万葉のことばをつけました。

ことしの「海大臣」の名前は
万葉のことばからつけました。
(例外は、4月の「生活のたのしみ展」で先行販売した
「番外一」と「番外二」です。)

【よろずよ】永遠に
【うらうらに】うららかに
【かぎろひ】ゆらめく光、景色
【いちしろし】ものごとがハッキリしているさま
【ゆらら】玉(ぎょく)が響きあうさま
【かぐはし】香りがよい
【きらきらし】整っていてうつくしいこと
【さやけし】くっきりとさわやか
【はろはろに】はるかに、はるばると
【ふなよそひ】櫂を立てる、乗組員がそろう
【番外1】
【番外2】
【しお たまかぎる】(夏)光かがやく
【しお あらたまの】(冬)あたらしい

というラインナップになっています。
万葉のことばは、その海苔の個性を端的にあらわしている、
ということではなく、あくまでもイメージです。
でも「なんとなく」ぴったりなものになった気がします。

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