ここ数年で広く世間に認知された水沢ダウンですが、
もともとどんなふうに開発されたのかは、
あまりご存じないかたも多いことでしょう。
ここであらためて、オーソリティと言える人に、
水沢ダウンの生い立ちについて訊いてみることにしました。
答えてくれるのは水沢ダウンの開発責任者、
山田満(やまだ みつる)さんです。

“体感できる”ダウン

ここ数年で、「水沢ダウン」という名前を、
街でもほんとうによく聞くようになりました。
冬のかっこいい衣料の代表みたいに
言われていたりもします。
山田
おかげさまで、ありがとうございます。
ダウンジャケットは世の中にたくさんありますけど、
ほかとはちがう切り口で開発したつもりです。
買ってくださってるかたも、他のダウンとはちがった視点で
見てくれている感じがします。
どのへんがちがうんでしょうか。
山田
水沢ダウンは、“体感できる”ということを、
重視しています。
へえ、体感ですか。
山田
たとえば、実際に着たときに「あたたかい」とか
「かるい」とか感じられるということですね。
ああ、なるほど。
他のダウンはそのへんを重視していない?
山田
そんなことはないと思いますが、
わりとフィルパワーとか、
スペックで語られることが多い気がします。
フィルパワーということば、よく聞きますけど、
どういうものなんですか?
山田
使っている羽毛の嵩高さを示す数値なのですが、
数値が大きいほど空気を多く含んでいて、
保温性に優れた良質なダウンといえます。
いまだと1000フィルパワーくらいのものもあります。
水沢ダウンはどれくらいですか?
山田
700から750フィルパワーぐらいの羽毛を使っていて、
それでもじゅぶんあたたかいんです。
だから数字にはあんまりこだわっていなくて、
できるだけずっと同じぐらいのフィルパワーを
維持できるほうを重視しています。

ダウンに湿気は大敵

あ、フィルパワーって、だんだん落ちていくんですか?
山田
雨にぬれたりだとか、着用して揉まれていったりだとか、
シーズンがおわってタンスに入れたりだとかをくり返すと、
どうしてもだんだん、
嵩高(かさだか)さが減少していきます。
それは、なぜなんでしょう?
山田
湿気がある状態で揉まれると、
ダウンの嵩が減ってしまうんです。

もみ試験による嵩高変化

山田
これを見ればわかるように、
たった10ccの水で、こんなに嵩が減ってしまいます。
ええっ、こんなに!?
山田
ぼくらもやってみて、びっくりしました。
ダウンに湿気は大敵なんですね‥‥。
山田
そうなんです。
水を通さない水沢ダウンの場合は、
なかの羽毛がぬれにくいので、
嵩高が減りにくくなっています。
なるほど、水につよいことが、
製品の保湿性の低下も防いでいるんですね。

バンクーバーの気候が導いたアイデア

もともとは、バンクーバーオリンピックのとき、
日本代表のウェアとして開発されたとうかがいました。
山田
はい、オリンピックだから、
いちばんいい、いちばんあたたかいアウターウェアを
サプライしたいなっていう思いがありました。
しかも、化学繊維じゃなくダウンを使って
つくりたいっていうのがスタートでした。
ダウン以外の素材は検討されなかったんですか?
山田
あたたかさだけなら、化学繊維のワタも
どんどんいいものが出てきていますけど、
快適性の面では、やっぱり羽毛にはかなわないんです。
ぼくらは「着るエアコン」と呼んでるんですけど。
着るエアコン!
山田
ちゃんと湿気を吸収して、放出してくれる。
天然素材はやっぱりすごいです。
たしかに、化学繊維って、
ムレだすと不快な印象があります。
そうか、ダウンって、あたたかさが自然なんですね。
山田
ただ、バンクーバーは雨とか雪が多いんです。
ダウンはあたたかさの点ではいいけど、
先ほどお話したように、水には弱い。
でも逆に、雨や雪につよいダウンウェアをつくれたら、
他にないものができるんじゃないか、
そんなことを考えていました。
ああ、たしかに。
山田
そのとき、水沢工場なら、ダウンウェアをつくるのと、
シームテープ加工など防水の製品をつくるのと、
両方の設備やノウハウがあることを思い出したんです。
「あっ、じゃあ、この2つをミックスできないのかな」
それがはじまりでした。
水沢工場でダウンと防水、どちらもできることは、
当然ご存知だったんですよね。
山田
はい、でも2つがとくに結びついていなくて。
オリンピック用のウェアを考えるときに、
バラバラだった点と点がつながりました。
なるほど、バンクーバーの気候が、
水沢ダウンのアイデアを導いたわけですね。
山田
そうです。
だから「水を通しにくい」っていうのが、
開発するにあたっての、いちばんのポイントでした。
ダウン特有のステッチじゃなく、
接着でキルティングすることにトライしました。
すぐうまくいきましたか。
山田
いえ、実はたいへん苦労しました。
基本的にやっぱり、
貼ったものは剥がれる性質があるので。
縫っていないから。
山田
縫っていないから。
キルティングが剥がれない構造にするために、
もうどれだけ試したか憶えていないくらい、
すごい数のテストをしました。

工程が多すぎて工場にいやがられた

――
その結果、水が侵入しにくい、
ステッチのないダウンができたんですね。
山田
はい。
できてから、試験のためにサーモグラフィを撮ってみたら、
「あれ? これ、熱も逃げてないよね」
「内側の熱も逃げてないよね」
っていうのが、あとからわかって。
――
熱が逃げにくいっていうのは、つまり‥‥。
山田
ふつうはミシン目の穴から、
中のあたたかい空気が外に逃げてしまうのが、
縫い目がないので、熱が逃げにくいわけです。
――
ああ、そうかそうか。
山田
そこまで実は考えてなかったんですけど、
サーモグラフィを撮ってみて初めてわかりました。
ステッチを入れるデメリットって、
思ったより大きいんだなって。
――
なるほど。
山田
縫い目がないので、羽抜けもしなくなった。
別にそこを目指してつくったわけじゃなくて、
水を通さないようにノンキルトにしたら、
熱も逃げにくい、羽も抜けないっていう、
いいことが他にもついてきた、みたいな感じです。
――
ノンキルトにしたら、いいことだらけだったと。
山田
ただ、通常のダウンは身ごろに羽毛をバサッて入れて、
ステッチで区切っていけばいいんですけど、
水沢ダウンの場合、ダウンを詰めるスペース(部屋)を
先に接着でつくってから、
ひと部屋ずつ羽毛を詰めていくんです。
手間がすごくかかるんですよ。
――
工場に見学にうかがったとき、やっていらっしゃいました。
重量計を見ながら、
羽毛をすこしづつ足したり引いたりして。
山田
工場のかたは、とくにたいへんだったと思います。
工程がもう、ふつうのダウンにくらべたら、
めちゃくちゃ多いので。
――
そんなにちがうんですか。
山田
シームテープ加工もそうだし、ダウン詰めるのもそうだし、
従来にくらべて4、5倍の工程がかかります。
だから、どうしても1日にできる枚数が限られてきます。
――
1日に30着くらいでしたっけ?
山田
そうですね。
――
そう考えると貴重なダウンジャケットですよねー。

タイムレス&シーンレスなものにしたい

――
水沢ダウンをこれから、どうしたいとかってありますか?
山田
ゆくゆくはやっぱり、何年後に見ても古臭くない、
タイムレスなものにしていきたいなと思います。
――
そういえば水沢ダウンには
「シャトル」とか「マウンテニア」とか
いろんなモデルがありますが、いったん出したものは、
その後も継続してつくられていますよね。
山田
やっぱりつくったものは残っていってほしいですから。
どのモデルも、1年じゃなくて、
長く持つものにしたいという思いがあります。
――
逆にお客さんがわから見ると、
ずっと同じものを出してくれるっていうのは、
安心感と信頼感があります。
山田
そうですね。
最近はモデル名で憶えてくださっているかたも
けっこう多いみたいです。
――
ああ、そうですね。
ツイッターなんかでも、
「シャトルがいい」とか「マウンテニアがいい」とか、
そんな感じでみんな書いていたりします。
山田
はい、ありがたいと思っています。
それと、もう1つ心がけていることがあって。
――
どんなことでしょう。
山田
場所や状況をえらばずに着られるという意味で、
「シーンレス」ということを意識しています。
ぼくはスポーツウェアって、
機能性の面でも快適性の面でも、
すごくポテンシャルが高いと思うんです。
一般にスポーツウェアは
何らかの着用シーンを想定してつくるんですけど、
ほんとうは、それに限らず使えると思うんです。
だから水沢ダウンの場合は、
あえて想定するシーンなしでつくっています。
――
「タイムレス&シーンレス」が、
これからの水沢ダウンのキーワードということですね。
山田
はい、そうしていきたいです。
――
いままで知らなかったことを聞けて、よかったです。
きょうはありがとうございました!
(2017.03.30 ほぼ日事務所にて)