黒檀の箸ができるまで。黒檀の箸ができるまで。

京都から鉄道で約90分、
すぐ北は日本海の舞鶴湾という土地に、
木工家・吉岡民男さん(55歳)の工房があります。

「わたしのおはし」の特長である、
細いけれども強靭でしなやかという箸の個性を
黒檀で実現したいと考えた「三角屋」さんが、
材木商の伝手をたどって吉岡さんに依頼をしたのは、
いまから1年ほど前のことでした。

▲一時は数十人いた工房ですが、現在はひとり。繁忙期には手伝いを呼ぶそう。「1人のほうがいいんです。納得いくようにできるで。人がやると気になってしょうがないですね。うまいこと、なんか行かないですわ。簡単にできる仕事じゃないんでね」と吉岡さん。

舞鶴あたりは塗り箸の生産地で、
吉岡木工では、お父さんの時代から、
その下地づくりを長くやってきました。
民男さんの時代になって、約20年前に、
下地づくりや大量生産の安い箸ではなく、
希少価値の高いものをと、
銘木を使った箸の製品づくりに移行。
現在も箸専門の木工所として活躍しています。

▲箸は勾配があるので、材木の半分近くはオガになるそう。その集塵機は、こんなに巨大です。そして工房内にはいろいろな機械がならんでいました。今回の「黒檀の箸」をつくる工程も、8から9工程あるそうです。「機械とは対話をしながらつくっています。機嫌もあるし、気候も影響しますし、木の堅さとの相性もある。なかなか一筋縄ではいきません」

三角屋さんが「この人だ!」と考えた理由は、
吉岡さんが材料の選別、ストック、乾燥から
箸づくりまでをすべて自らの手で行っているから。
さらに、ポピュラーな八角箸にしても、
先端まで、丸ではなく、きちんと八角に仕上げるという
高い技術とクオリティに感動、
ぜひ「わたしのおはし」のチームの一員にと
お願いをしたのでした。

「ある意味、すごく新しい、難しいオーダーなので、
吉岡さんくらいの年齢で技術を持った方じゃないと、
受けていただけないと思っていました。
おられないです。本当におられなかった。
でも、よかったですよ、
出会えなかったらどうしようと思っていましたから」

箸づくりのベテランの吉岡さんにしてみれば、
つくり慣れた「桜の八角箸」など、
比較的太めで、加工のしやすい素材とくらべ、
硬い黒檀を細く、しかも四角に削るというのは、
とても手間がかかることだと、すぐにわかります。
つくってみても、歩留まりがわるく
(製品化を諦めないとならない状態のものが多くできる)、
じつは、仕事を受けることを逡巡したといいます。

「初めはね、見たとき、絶対できないと思うたんですよ。
私の持っている機械では、
この勾配を一気に削るのは難しい。
といって、いったん太くしてから、
それをどんどん削っていくやり方は
すごく手間が掛かりますやん。
けれども、空いた時間にちょっと考えとったら、
『ちょっとこうしたら行けるん違うかな』みたいなので、
できたんです」

▲今回の箸のもととなる、アフリカ黒檀の材木。木目が揃い、美しさがあります。「キリッとした感じがやっぱりいいなあ」と三浦さん。

▲こちらはすこし安価なカリマンタン黒檀。

▲ちなみに「わたしのおはし」で以前販売をした「青黒檀」より、堅牢度を考えて、ほんのすこしだけ太くしています。

木を削る作業は、木目に沿って行ないますが、
黒檀、とくにこの箸のように「真っ黒」なものは
木目が見えづらいといいます。
そして木の特性である「反り」。
反りが出ないように1年ほど寝かした材木を使っても、
なかなか思い通りになりません。

「細く木取りができるかどうかがまず大事です。
しかもきれいに仕上げなくてはいけない。
結果、思ったよりきれいに仕上がったなと思います。
それでも、3割から4割は、
加工しとる段階でだめになりますけれど」

そもそも「わたしのおはし」が四角である理由は、
三角屋さんの考えが大きく影響しています。

「日本食っていうのは、世界遺産になったり、
いろいろ話題になっていますけれど、
その日本食に要る物がたくさんあるなかで、
箸は王様だと思っています。
どういう食べ物でもお箸があったら日本食になるぐらい、
力のある物ですよね。
これから世界の人が日本食と共に一緒に味わう、
すごく大事な道具です。
そんななかで、八角の合理的なところとか、
手触り、つかみやすさっていうのは
すごくいいなと思って見ているんです。
けれども、お箸が置いてあるとき、
僕が見ていたい風景は、この四角い箸が、
すっと手前に置いてあるというものなんです。
それはまるで、結界のように。
だから、太くてぼてっとして
安定感があるのもいいけれど、
材料の限界を少しだけ超えるぐらいの細さを
追求したかった。
それが、三角屋と『ほぼ日』さんが
いっしょにつくるべき箸なんじゃないかと考えています」

この考えに吉岡さんも賛同。

「象嵌をしたり、漆で仕上げたり、
いろんな紋様を入れたりっていうのは、
それはそれで1つの風景ではあると思うんです。
けれども、もう1回、原点ともいえる四角の中で、
大きなフォルムは変えずに、ちょっとした寸法とか、
ちょっとした面の取り方で、
これからのあたらしい箸が
できるといいなあと思っています。
たぶん世の中のお箸屋さんにある多様な物とは
まったく違う方向ですけれど」

けれども四角の箸は、そのままでは
使うときに角が指に当たって、使いづらいため、
最小限の面を取って仕上げる必要があります。
しかし、黒檀を磨き仕上げすることは、
とても時間のかかる手作業。
機械ではできない仕事です。
しかしほかの仕事とのバランスを考えると
吉岡さんにはとてもお願いできない仕事でした。

そこで、その「仕上げ」は、三角屋でチームをつくり、
1本ずつ作業をすることに。
(まとめて何膳ではなく、1本ずつです。)
1時間かけて、やっと4膳できるかどうかという仕事です。
ていねいにやすりで角をとり、表面に艶を出すことで、
同じ太さでも、ずいぶん細く見えるようになりました。

▲仕上げ前の箸と、仕上げ後の箸。ずいぶん印象がちがいます。もちろん使い勝手もぐんとよくなります。

あわせてお読みください。

わたしのおはし 黒檀

かたち

かたちは四角です。
四角箸のよいところは、転がりにくく、
箸先まで四角になっていることで、
食べ物をはさみやすいこと。
太いところで約7ミリと、やや細めですが、
木目のこまかさ、密度の高さで、
持つとかなりしっかりした感触と重みがあります。
先端は約2ミリまで細く削っていますが、
頼りなさを感じることはありません。
むしろ、すこしくらい力を入れて挟んでも、
しっかりしなる、強いばねのような弾力があります。

長さは2種類。
約21.9センチを基本に、
すこし長めの約24センチのものもつくりました。
一般的に約21.9センチは女性の手に、
約24センチは男性の手になじむといいますが、
使いやすさは、人それぞれ。
いまお使いの箸の長さとくらべて、おえらびください。

上が約24センチ、下が約21.9センチ。

素材と加工

素材は「黒檀」。
正倉院の宝物にも使われたほど、
ふるくからたいせつにされてきた、
銘木といわれる素材です。
原産地のちがい、そして色、木目のようすで、
同じ黒檀でも縞黒檀、青黒檀、斑入黒檀、本黒檀など
いろいろな分類・名称がありますが、
今回は、心材まで黒いアフリカ黒檀(アフリカンエボニー)。
乱伐すると絶滅のおそれがあるため、
ワシントン条約で輸出入が規制されている木材です。
(もちろん許可証をとり、日本に運んでいます。)

なにしろ緻密・重厚・堅固ですから、
これを箸にする加工は、とても難しいといわれます。
今回は、京都の舞鶴・余部上で吉岡木工を営む
木工家・吉岡民男さんが、
材料選び、そしていちばん難しい
箸の形状に切り出す仕事を担当してくださいました。

仕上げは、三角屋の「わたしのおはし」チーム。
つやつやとなめらかな表面は、
漆などの塗料によるものではなく、
黒檀を磨くことで出る自然のかがやき。
それだけで1か月かかるというたいへんな作業を
ていねいに行なってくださいました。

左が仕上げ前。右が仕上げ後。

桐 箱

「わたしのおはし」1膳がちょうどおさまる桐の箸箱です。
この桐は、国産。
京都・北路桐材店の北路明郎さんが、原木から製材し、
乾燥まで全部自分の目の届く範囲で行なった、
たいへん良質な素材を分けていただきました。
箱の本体は、くり貫きで、
底の部分がまるくなっています。
これは、箸を入れる容器は清潔が保ちやすい形状をと、
北路さんと三角屋さんが考えた結果。
蓋は、よくあるスライド式ではなく、
桐に埋め込んだちいさな磁石で
ぱちりと留めるしくみになっています。
外側は、角をおとして、
手になじむやさしいかたちになっています。

この桐箱は「むく」。塗装仕上げをしていません。
口に入るものを容れることと、
呼吸する桐の特性を殺さないようにとの配慮です。
よく、「桐は手垢がつく」と言われますが、
北路さんの桐は、切り出しから、
じゅうぶんに時間をかけて製材をしているので、
極端な変化をすることはありませんが、
徐々に手になじみ、自然に色が変化していきます。
上質な革製品が肌になじんでいくように、
この箸箱も、ながくたいせつに
お使いいただけたらと思います。

北路さんについてくわしくは
こちらのコンテンツをどうぞ。

11月30日(水)午前11時より、
「ほぼ日ストア」で販売開始。
数量限定生産でお届けします。