5DW メンズショップ イシカワ
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まだまだあるのか、
「ULTRA HEAVY」?


これが最後の「ULTRA HEAVY」? 
‥‥というテキストを書いたのは今年の7月のこと。
5DWの店長・石川顕さんなきあと、
アートディレクターのジェリー鵜飼(うかい)さん、
アーティストの神山隆二(かみやま・りゅうじ)さん、
グラフィックデザイナーの立沢トオルさん、
3人の「ULTRA HEAVY」メンバーが
思い思いにプロデュースする
新しいTシャツ3型ができましたよ
という紹介をしたときのことでした。



いや、そのときはそう思っていたのです。
おそらくそれが最後の「ULTRA HEAVY」になるだろうと。



でも、まだまだ
「ULTRA HEAVY」のアイテムは登場します。
少しずつではありますが、これからも。
前言撤回で申し訳なく思いますが、
チーム一同、それをとてもうれしいこととして
受け止めております。



なぜなら、石川さん、かなり前から、
いろいろなブランド、ショップ、メーカーを訪ねて
「こんなの、できないかな?」と話していたんです。
「5DW+」では、関係していたかたがたに取材、
できるだけ石川さんの思いを形にしようと動きました。



その第一弾が、こちらのスウェットパーカと
北海道・旭川の帽子専門店
「アトリエどら猫」による耳付きキャップです。



店長・石川顕さんが「ULTRA HEAVY」でつくりたいものを
ほぼほぼ形にしてきたという
プランナーの曽山祐企(そやま・ゆうき)さんに、
今回のスウェットパーカ、キャップの制作、
これまでの石川さんとの雑談まで
いろいろお聞きしました。



お話を聞いていると、
まだまだ石川さんがやれてなかった
「ULTRA HEAVY」がありそうです。
「ULTRA HEAVY」第4の男。
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――
石川さんと一緒にものづくりをはじめたのは
いつ頃からだったんですか?
曽山
石川さんとは2017年からずっと一緒に
「ULTRA HEAVY」のものづくりをやってきました。
――
どんな出会いだったんですか?
曽山
最初に出会ったのは
僕が勤めていた「BEAMS」(ビームス)で、
石川さんはちゃんとスタイリストとして
服をリースしに来ていたと思うのですが、
ずっとベランダで煙草を吸って、
おしゃべりされていましたね。
その頃の僕は企業のユニフォームなどをつくる部署にいて、
石川さんがマガジンハウスの雑誌『リラックス』の
スタイリストをやられていた頃に、
いろんなものづくりを誌面でされていて、
それを僕がいた部署でもやっていたんです。
「BEAMS T」や「TOKYO CULTUART by BEAMS」
(トーキョー カルチャート by ビームス)を
立ち上げた永井秀二(ながい・しゅうじ)さんが
石川さんとなかよしで、そんなご縁もありました。



実際の生産はまた別の方がやられていたのですが、
ちょっとつくることが難しくなり、
「曽山くん、手伝ってくれない?」って
言われたのが一緒に仕事をしたはじまりです。
僕は「BEAMS」にいながらも
どんな仕事もできるような働き方をしていましたが、
退社したあとにも、
それを引き継がせていただくことになりました。
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――
なるほど、そうだったんですね。
石川さんとのものづくりはどうでしたか?
曽山
だいぶ独特ですよね(笑)。
ほぼ僕がやっていたんじゃないかと思う瞬間もあるし、
でも、あとあと考えると、
石川さんが全部やっていたんじゃないかとも思いますし。
デザインの作業とかはできないし、しないのですが、
画像が送られてきて、その画像をグラフィック化したり、
ある写真のほんの小さな部分を使ったり、
不鮮明な画像をキレイにして使ったりと
ふつうの人じゃ思いもつかないようなことを
いつも僕のところに投げてきて、
それぞれのアイテムにはめていきました。
――
完全に石川さんのスタイルですね。
曽山
石川さんはいろんな作家さんやデザイナーさんに
仕事をお願いしていて、
そのグラフィックが
僕に直接届くってこともたくさんありました。
デザイン料ってどうしているんだろう? 
どうもよくわからないままなんですよね。でも、
みなさん、石川さんだからそういったことも
快くやってくれていたんだろうと思います。
――
そのあたりは、石川さんのポケットマネーや
現物支給でまかなわれていたともお聞きしました。
曽山
そうなんですね。ほんとすごいですよね。
月1、2回くらいのペースで打ち合わせをして、
まあほとんどおしゃべりですが、
それで「ULTRA HEAVY」のアイテムをつくってきました。



石川さんの「ULTRA HEAVY」って実は二極化していて、
ギアやバッグ、エプロンなどのすごく手の込んだものと、
かなりベーシックなもので分かれているんです。
今回のスウェットパーカはベーシックなものですね。
石川さんと僕のアイテムは、
みんなが買える、手に入る価格で、
使いやすい日常的なものが多いです。
「ULTRA HEAVY」の
アウトドアアイテムではないところを
まるっとやっていたと思います。
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――
スウェットパーカの好みもあったんでしょうね。
曽山
石川さんはスウェットの裏地はパイルが好きでしたね。
冬はふわふわのもの。
今回のものはふわふわですね。
サイズ感もシルエットもベーシックなもの。
石川さん自身、ピタッと着るのも、
オーバーサイズも好きではなかったでしたから。
――
「アトリエどら猫」のキャップはどのように?
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曽山
以前、石川さんと一緒に旭川に出張のような
旅行に行ったことがあったんです。
ボロボロの温泉宿に泊まったり、美瑛まで行ったりもして、
いろんな思い出があるのですが、
「どら猫帽子店」にも一緒に行きました。
旭川の街の帽子店といえば、「どら猫帽子店」。
「ULTRA HEAVY」がストリートカジュアルだとしたら、
「アトリエどら猫」は真逆のスタイルです。



ふだんは、おばあちゃんが
かぶるような帽子をつくっていて、
そこを「ULTRA HEAVY」とくっつける
石川さんのセンスたるやものすごい。
石川さんの地元である旭川への敬意もあるのだと思います。
「アトリエどら猫」では自衛隊の刺繍入りアポロキャップをつくったりもしているのですが、
そんな帽子をベースにしてオリジナルをつくってみたり。
石川さんは冬になると
スノーボードをやられていたましたが、
この耳付き帽の原型のようなキャップも
「アトリエどら猫」でつくられていましたね。
どら猫謹製のこの耳付き帽は、
「ULTRA HEAVY」でこれまで何度もつくられている
「ULTRA HEAVY」といえばのものになりました。
――
曽山さんが第4の「ULTRA HEAVY」と
呼ばれているのもなんだかわかりますね。
曽山
石川さんはほんと「ULTRA HEAVY」を楽しんで
やっていましたよね。
「ULTRA HEAVY」のメンバーの
アートディレクターのジェリー鵜飼(うかい)さん、
アーティストの神山隆二(かみやま・りゅうじ)さんの
ことも本当に大好きでしたし、
いつもおふたりの話をしていました。



だから、もう石川さんと話ができないから、
「ULTRA HEAVY」は実質最後なのかなって
考えていたのですが、
石川さんなら「どんな感じでもいいよ〜」って
言うような気もするし、
意外とやれていなかったストックもあるので、
「ULTRA HEAVY」に関わるみなさんと相談しながら、
今後も進めていけたら石川さんも喜んでくれるのかなって
思ったりもしています。
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2025-10-23-THU
(おわります)
「ULTRA HEAVY」のスウェットパーカと
「アトリエどら猫」謹製耳付きキャップを
5DW+ WEBショップにて
2025年10月27日(月)午前11時 発売!
[STAFF]

企画・プロデュース:石川顕

スタイリング:野崎未菜美

ヘアメイク:勝健太郎

モデル:沖ちづる(168cm)、佐藤岳(182cm)

撮影:吉嗣裕馬

文:小笠原民織