僕らの時代と島耕作
弘兼憲史×糸井重里
写真:大坪尚人
 
第2回:エンターテインメント50%、情報50%。
糸井   これだけ連載が続くと、
ストーリーを考えるのでも、
似たようなことを考えてしまうことも‥‥。
弘兼   あります、あります。
わりとリアルな漫画なんで、
あんまり奇想天外なことは描けませんしね。
「学生編」のほうは
学生時代の青春グラフィティですから、
いくらでもネタがあるんです。
当時はいろんな学生がいましたし、
彼らの悲喜こもごもの
人生を見てきたわけなので、
いろんなことを描けるんですけど、
「会長編」は難しいです。
島耕作も会長になって
ラブアフェアもそんなにないですし(笑)。
糸井   お茶を飲むシーンとか‥‥
弘兼   お茶を飲むシーンや
会議するシーンばっかりです。
どうしたらいいんだろうと思って、
なんとか外へ取材に行かせたいと考えて
島耕作を経団連みたいなところに入れたんです。
糸井   動かせる場所に。
弘兼   はい。
そこで島耕作は日本の農業を発展させるべく
経済団体の農業委員会に入って、
オランダの農業を視察したりしています。
でも、現実的なストーリーだけに、
スパイを出す、とかそういうのもできないんで、
一緒に行ってる秘書の女の子がよく食う、
っていうネタしかないんです。

(『会長』編 STEP19より)
糸井   ああ、性から食へ。
弘兼   そうですね。
昔、『コンバット!』という
テレビドラマがありまして‥‥。
糸井   はい、ありました、戦争映画。
弘兼   そうそうそう。
島耕作が課長のころは
『コンバット!』の役でいえば
サンダース軍曹という指揮官なんです。
ところが、部長とか常務にまで出世すると
リック・ジェイソンが演じた少尉役みたいになる。
つまり、指揮するだけで
なかなか場面が動かないんです。
島耕作も出世しちゃってから大変ですよ。
これをなんとかおもしろくしなければ、と。
糸井   そういえば将棋でも
だいたい王将はじっとしていて
周りの駒が動きますもんね。
弘兼   そうなんです。
まぁ、向こうの敵陣まで王将が入っていく
「入玉」という手もありますけど、難しいですね。
自分でもよく頑張って描いてるなと思います。
糸井   でも、よく描けたら
やっぱりうれしいでしょう?
弘兼   そうですね。
あと、ちょっとスタンスを変えて、
エンターテインメント100%にするんじゃなくて、
エンターテインメント50%、情報50%を
目指しているんです。
たとえば日本の「経団連」というのは
どういう仕組みになっているのかということを
取材して描いたり、
世の社長と総理大臣は
どう過ごしているのかを描いたり。
政治家が朝起きてから寝るまで、
どういうことをしているかって、
普通の人はあまり知らないですから。
糸井   いわゆる起承転結の
おもしろさばかりじゃない。
弘兼   ええ。情報そのもののおもしろさです。
糸井   さきほどのオランダ農業の話ですけど、
僕も、永田農法を提唱する
永田照喜治さんという方について
日本とヨーロッパの農業を
見て回ったことがあるんです。
オランダも行きましたよ。
弘兼   あ、そうですか。
糸井   オランダは野菜を流す水路を作るんですよね。
ベルトコンベアの代わりに、水路。
あれは運河の国らしい発想ですよね。
弘兼   はいはいはい、そうです。
オランダや北欧は日照時間が少ないんで、
周年野菜が採れなくて、
ハウス栽培が発達していったとか‥‥
糸井   いまそういうことを連載してるんですか。
弘兼   ええ、描いてます。
『会長 島耕作』の1〜2巻全部が
オランダ取材の内容です。
糸井   あ、読もう!
「部長編」で止まっちゃってたんですけど、
そこまでたどり着こう。
弘兼   ちょっと変わった漫画だなと
自分でも思うんですけど、
ストーリー自体をあまり動かせないし、
老婆心ながら、
読者にいろんな情報を知ってもらおうという
気持ちがあるんです。
糸井   そこに裸をどう入れるか(笑)。
弘兼   そう(笑)。
島耕作はもう年だけど、
部下を使って裸のシーンを入れたり、
島耕作の部下にゲイを出して、
その世界をちょっと描いたり。
糸井   何ていうんだろう、
ある意味、ドキュメンタリーをみるように
みんなが読んでいるのがおもしろくて。
「ここは本当だろうな」と
思わせられるところが
いっぱいあるじゃないですか。
弘兼   そうですね。
実際にあったこともけっこう入れています。
いま、NHKと一緒にやっている
『島耕作のアジア立志伝』という番組があって、
アジアで松下幸之助さんみたいな
スーパーカリスマ経営者を取材して、
そこに漫画の島耕作が絡んでいくという
アニメーションを入れた番組で、
なかなかおもしろいんです。
漫画でもコラボしているんですけど。
糸井   島耕作は何でもありですね。
弘兼   何でもやるんです。
糸井   もはや「一座」ですね。
弘兼   一座、そうですね。
ここまできちゃうと、もういまさら
やめるわけにもいかなくなって(笑)。
糸井   こんなつもりはなかった、と(笑)。
   
(つづきます)

2014-11-20-THU