ひとりでビルを建てる男。
ひとりでビルを建てる男。
岡啓輔さんの、
蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)ができるまで。
最新の記事 2007/05/30
 
【20】落書きされた!


ごめんなさい。
前回の記事からずいぶんと間が空いてしまいました。
その間に蟻鱒鳶ルの工事は、着実に進んでいます。
そして、ちょっとした事件も起こりました。

■「工事オヨスギ」

落書きです。
蟻鱒鳶ルの工事現場の柵に、
何者かが油性フェルトペンで書き付けたのです。
「長グツみっともないぞ!! 工事オヨスギ」。


▲知らない人に落書きされた。

(クリックすると拡大します)

長グツとは、作業時に使うために備え付けてある
長靴のことを指すと思われます。
6足ほどが、上下さかさまにして
道路際にきちんと並べられていたのですが、
落書きの犯人には、どうやらお気に召さなかったようです。
それはまあいいとしても、オヨスギって何?
工事が遅い、と書きたかったのでしょうか。
そんなことを思っていたら、その数日後には
「オソスギ」と書き直されました。
こういうのは、真面目というのか、しつこいというのか‥‥。

どんな人がこんなことをやったのでしょう?
建設工事の現場で働いているオジサンではないか、
と岡さんは推測します。
「自分が普段、現場所長のような人から
 言われているんじゃないかな。
 長靴を片付けろ、仕事が遅いぞ、とかなんとか」
岡さんも工事現場で働いていた経験があるので、
そういうオジサンがいることをよく知っています。
知っているからこそ、悲しくなります。
世の中から受けているプレッシャーを、
この現場に向けて発散していることがわかるからです。
オジサンが向かい合う相手は
こちらではないはずなのに‥‥。
でも、オジサンはどうして
ここに落書きをしたのでしょうか。
岡さんの現場では、
現場の柵にカラフルなペイントがしてあるし、
ラジオを聞きながら仕事をしているし、
同じ建設工事をしているのに、何やら楽しそうです。
一方でオジサンは、自分が働いている現場で
イヤな思いばかりさせられています。
チクショー、フザケヤガッテ。
そんな気持ちが、落書きという行為に
走らせてしまったのでしょう。
言い換えれば岡さんの現場は、
通りすがりのオジサンに
歪んだ形のリアクションを引き起こすほど、
魅力のオーラを放っていた、
ということなのかもしれません。


▲前の道路から見た現場の柵
(クリックすると拡大します)

■「みんなの現場」

落書きは前の道から目立つところにありました。
それを見て、
「ひどいことを書く人がいるねえ」
「この現場はきちんとしているよね」
などと声に出して言ってくれる人もいます。
それがちょっとうれしくて、
岡さんはしばらくの間、落書きを消さずに、
2週間ほどそのままにしておいたそうです。
そんな感じで、この現場の前を通る多くの人は、
岡さんがやっていることを
今のところ好意的に見てくれているようです。
なかには、この現場のファンと言って
よいような人までいます。
例えば、インテリの雰囲気を漂わせたお年寄り。
この人は「参考になれば」と言って、
敷地周辺の歴史を書いた本を渡してくれました。
近くにあるコンビニの店員もそうです。
買い物を繰り返すうち親しくなって、
現場を見に来てくれるようになりました。
それから隣のマンションに住んでいる小学校の一年生。
現場のことに興味シンシンで、
「このハシゴはどうしてここにあるの?」
などといろいろなことを聞いてきます。
可憐な女子学生もいます。
あこがれの先輩に告白するような調子で、
「あの‥‥あたし、応援しています。
 どうか頑張ってくださいッ」と言われたときは、
岡さんは一気に幸福の頂点へ。
それからしばらくはニヤニヤしっぱなしで、
仕事の手も付かないほどだったとか。
こういう様子を見ると、岡さんの現場は、
岡さんのものだけではありません。
その前を通るたくさんの人が関心を寄せ、
その進み方を見守っています。
ここはもう「みんなの現場」なのです。


▲コンクリートを試し打ちしながら
 裏の塀をつくっているところ
(クリックすると拡大します)
 
 
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