ひとりでビルを建てる男。
ひとりでビルを建てる男。
岡啓輔さんの、
蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)ができるまで。
最新の記事 2006/08/16
 
【3】コンクリートは少しずつ打つべし。


今回は少しだけ建築の技術の話。
取っ付きにくいかもしれないけど、
この話をしないと、
岡さんがやろうとしているこの建物が、
なぜそんなに画期的なのか、わからないですからね。
岡さんから聞いた話をもとにして、
建築のことを知らない人にもできるだけわかりやすく、
今回の工法の良いところを説明してみようと思います。

さて、建築を多少とも知っている人には
言わずもがなですが、
建築の構造には、木造、鉄骨造、
鉄筋コンクリート造など、いくつかの種類があります。
岡さんが今回、採用したのは
鉄筋コンクリート造という方式です。

鉄筋コンクリート造というのは、
そもそもが不思議な構造方式で、
鉄とコンクリートを合体させた構造なんです。
鉄は引っ張られてもなかなか切れないが、
押されるとぐにゃりと曲がってしまう。
一方、コンクリートは押されてもびくともしないけど、
引っ張られると崩れてしまう。
それでこの二つを一体化させれば、
お互いの短所を打ち消しあって強い構造になるわけです。


■プリンのように型から生まれる

具体的にどうやってつくるかというと、
通常は針金を少し太くしたような鉄筋を組んで、
それを挟むようにして
両側に木の板で型枠というのを組みます。
その間に液体状のコンクリートを注ぎ込むのです
(これを「コンクリートを打つ」といいます)。
コンクリートは時間が経つと固まるので、
固まってしまえば鉄筋と一体化して
強力な構造ができあがります。
型枠さえ組めればどんな形もつくれてしまうので、
この構造を採用することによって、
カッコイイ現代建築がたくさん実現しています。
つまりは鉄筋コンクリートの建築というのは、
プリンのように型から生まれるというわけです。
火災にも強いし、すぐれた構造です。
建物は大きいので、一度にコンクリートを打てません。
何度かに分けて打ちます。
通常は1階分を1回で打ちます。
たとえば3階建ての建物なら、
3回に分けて打つわけです。
高さで言えば、2メートルとちょっとぐらいですね。
コンクリートは生コン工場でつくり、
コンクリート・ミキサー車で現場まで運び込みます。
それを機械を使って流し込んでいくわけです。
このやり方が今は一番、効率的だとされ、
普通に行われています。


■70センチ打法

でも2メートルちょっとの高さを一度に打つわけですから、
下の方はコンクリートがきちんと
鉄筋の間にうまく入り込んでいるのか心配になります。
型枠を外してみるまで、それはわかりません。
ここがちょっと、問題です。
実際、うまくコンクリートが回らなくて、
後で補修するということもしばしば行われています。
「このやり方でいいんだろうか、と
 施工しながらずっと思っていた」と岡さんはいいます。
岡さんが考えたのは、
コンクリートを高さ70センチずつ打つという
「70センチ打法」。
これなら型枠のなかで手が届く範囲なので、
コンクリートがきちんと詰まっているかどうか、
確かめながら打つことができます。
また型枠の大きさも小さくて済むので、
機械に頼らない自力建設で対応しやすいのも魅力です。
問題は普通なら1回でやるところを
3回に分けてやるわけですから、手間がかかります。
それに打ち継ぎ面が増えるので、それも気になるところ。
一般的に打ち継ぎ面は強度が下がるからです。
「でも丁寧に打ち継いでいけるので、
 それほど強度は下がらずに済むはずなんです」
すでに柱を1本、
「70センチ打法」で実験的に立てました。
上に人が載ってもびくともしなかったそうです。
普通の鉄筋コンクリートに負けない、
いやむしろ、それより強い構造が、
この工法によってできる。
岡さんは自信満々です。


高山建築学校で70センチ打法により
試験的に立てられたコンクリートの柱。
岡さんが上に乗っても大丈夫!
(クリックすると拡大します)



■アドリブを利かせてつくる

コンクリートを70センチずつ打つということは、
70センチずつ建築の形を変えていける
ということでもあります。
壁の形も単に垂直に立てるばかりでなく、
今度は少し出っ張らせてみようとか、
次は少し引っ込めてみようとか、
ここは窓を開けようとか、アドリブを利かせながら、
最終的には複雑な建築の形をつくっていくことが
可能なのです。
だから以前に見てもらった完成予想図も、
あくまでこうなるかもしれないという
可能性のひとつであって、
実際に建て始めたら、
全然違う形になってしまうのかもしれません。

岡さんはセルフビルドの
ハンディキャップを克服するために、
コンクリートの「70センチ打法」を開発しました。
思い出すのはシアトル・マリナーズで活躍する
イチロー選手の「振り子打法」です。
あれも腕力のなさをカバーするために、
編み出されたものでした。
しつこくバットを当て続けて
ヒットを量産したイチローのように、
岡さんも「70センチ打法」で
建築界の安打製造機になれるのでしょうか。

次回は、今どうなっておるか、を伝える予定。
 
 
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