第15回 リニューアルとは、どういうものか?
ほぼ日 「商品のデザインを
 リニューアルしていくこと」
についての
卓さんの考えをうかがえますか?

プレゼンでつたえるべきことはなにか?

佐藤 ロッテの
クールミントガムや
グリーンガムは、ぼくが
リニューアルデザインに
たずさわろうという時点で
35年もの歴史がありました。

ロッテという会社は
このふたつのガムが、
当時の大黒柱の商品でした。
つまり、
クールミントガムのデザインは
よく買う人にとっては、
わざわざ
デザインを
見るような存在ではなく
記憶に刻みこまれているもの……。
そのようなものを
リニューアルするなら
デザインとして
残す部分と捨てる部分を
明快にするべきだ、

と考えていきました。

そもそも、
クールミントガムのデザインは、
コンペティション(競合)のなかで
提案させていただいたデザインでした。
いくつかの
デザイナーやデザイン会社に
おなじ条件で依頼をされたわけですが、
ぼくも、若いときでしたし
ひとつのチャンスだと思って
提案させていただいたんですね。

コンペティションの空気には
独特のものがあります。
これは、実際に競争に参加した
当事者ならわかることですけど、
イイのか、ダメなのか、
プレゼンテーションの現場では
先方はつたえてくれないわけです。

これは、
かなり苦しいものがあります。
一生懸命、
デザインをしたのだから
「……イイなら
 イイって言ってほしい」
と、つい思っちゃうものです。
でも、会社からしてみたら
平等に話をきかなければならないし、
途中で「イイ」と言ってしまったら
不公平になってしまう。
そういうなかでプレゼンをするわけです。

さきほどももうしあげましたが
プレゼンの方法というのは
これはやはりとても大切なんです。
プレゼンテーションを
見ていただいたら
「あなたと一緒に仕事をしたい」
という気持ちに
なっていただかなければならない。


だから、デザインさえよければ、
ということは……どうでしょうか、

しわしわのシャツで
ボロボロの格好でプレゼンに出てきて
けだるい感じで
「まぁ、
 オレのデザインじゃなくても
 イイんだけどなぁ」
と話しはじめることは、
すくなくとも、ぼくはやりません。
ハキハキしゃべって、
「どうでしょうか?
 一緒に
 コレでいきませんか?」
という気持ちで
ていねいに
話しかけることは、じつは、
かなり重要なのではないか、

と思っています。

デザインは、我をとおすことではない

佐藤 デザインは
デザイナーひとりだけで
世の中に出ていくわけではありません。
たとえば、クールミントガムは、
プレゼンテーションでとおったあとに、
「こうしたら、
 どうなるのでしょうかね」
「ここをこうするデザインを
 見てみたいんだけど……」
「三日月のおおきさ、
 変えてみませんか?」
などの先方の言葉をもとに、
さらに、
700個ぐらいのデザインを、
出しました。

それで、一周して
いちばん最初に
プレゼンした案に戻りまして
それが、世の中に
出ていったのですけど……。
結果的に、
はじめの案が商品になったから
検討の過程が、
ムダだったのかというと、
そんなことはないわけです。


「……よし、これだ!」

商品にたずさわる、
参加する人たちが、
そう思えたということが
重要なんですよね。
合意や納得があるうえで
世の中に出たなら、
もしも、不具合があったとしても
「でも、
 自分たちの考えの筋道は
 ただしかったわけだから」と
基本的な考えかたを変えないまま、
歩んでいくことができるんですね。

デザインというのは生きものです。
放っておくと、腐ってしまいます。
よくないところは
メンテナンスをすればいいんです。
それがリニューアルだと思います。

ですから、
参加している人たちのあいだで
「私に依頼をしているのだから
 私の言うことを、ききなさい」
と、案を通したら、失敗したり、
売りあげが
イマイチだったりしたときに
「ほら見ろ!」
と、全否定をされてしまうことでしょう。
それなら
デザイナーは世の中から消えてゆきます。

先々のことを考えると、
だからこそ
「できるだけ多くの人と
 デザインの考えかたを
 共有するのが大切なのではないか」
と思うのです。

クールミントガムを
やりはじめたころは
ぼくも若かったですから、
プレゼンテーションに
とおったあとにさえ
さらに、
あれこれやりなおしがあると、
「この仕事は、
 なくなるかもしれないな……」
と不安になったり
「その変更は、あまり
 意味がないような気がします」
という声が、
ノドまで出かかったりしました。

だけど、
経験をかさねるにつれて
こういう過程こそが
大事なんだと気がつきました。
デザイナーは、
デザインの専門家だから
依頼されているわけです。
「その変更が、
 視覚的に
 意味がないかもしれない」
ということは、
デザインの専門家なら
わかるかもしれないけど、
そうでなければ、
わからないかもしれないんです。
だから、
依頼をしていただけている。


それなら、
「わかりました。
 作ってみましょう」
と、見ていただかなければ
双方の納得にはいたれません。

デザインの専門家だと
自覚をすればするほど、
ひとつずつの要求や疑問には
執拗にこたえていかなければならない、
と思うようになりました。
デザインは、
我をとおすことではないわけです。
だから、今は、
会社のかたがたに、
気がついたことは、
ひとつ残らず言っていただきたい、
と思うんです。

700個ぐらいの
さまざまなバージョンを
出しはしましたが、
もちろんそれは、
軸となる方向性が決まってからのことです。
最初から、
100も200も案が出てくるようなときは、
何もいいものが発見できていないのだと
ぼくは考えています。

商品の状況、
会社の状況、
世の中の状況……
いろいろな状況を
考えあわせていると
やるべきことは、
ある程度、しぼりこまれます。

もちろん、
ふたつかみっつの方向性があって
選んでいただくということも
必要なことではありますけれども、
100も200も、やたらに
出てしまうことはないですから。

(次回に、つづきます)
  佐藤卓さんのこれまでの
ほとんどの仕事を見られる大規模な展覧会は、
3か月間、おこなわれつづけています。

みなさんからのデザインについての質問や
佐藤卓さんの言葉への感想などを、
卓さんに伝えてゆこうと考えておりますので
質問や、感想など、ぜひ、
postman@1101.com
こちらまで、件名を「日常のデザイン」として
お送りいただけると、さいわいです。

2006-12-08-FRI

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