佐藤
さきほどの「止める勇気」の話でいうと、
みんなで「オォーッ!」となっているときに、
「ちょっと待て」って言うには
かなり勇気が要りますよね。
糸井
要ります。
その仕事は、座長の役になっちゃうよね。
佐藤さんは、
そっちの役もしてるでしょ?
佐藤
しますね。
つい「行っちゃおうぜ」ってなるときもあるけど、
「まぁちょっとゆっくり落ち着こうよ」とか、
「はたしてそれで整合性が取れてるかなぁ。
 後で後悔しそうだから、
 もう一回、ちょっと違うやり方でやらねぇか?」
って言うときもあります。
糸井
迷ったときって、
決められないでグダグダしてるよりは、
間違った側にでも決めたほうが、
後で取り返しがつくんですよね。
佐藤
あぁ、なるほど、
それはそうかもしれないです。
ただ、映像の場合、むずかしいのは、
順撮りじゃなくて、
時間をさかのぼって
撮ったりすることがあるんですよ。
糸井
あぁ、そうか。
佐藤
順撮りに撮っていれば、
どっちに転がろうが大丈夫ですし、
「じゃあ、こっちの方向で」
って、思い切って撮れるんだけど、
時間を行きつ戻りつしながら撮っていると、
結構ややこしくなるんですよ。
糸井
そうか。
昔の映画は、そのあたりを
どうしていたんですか?
佐藤
昔は、台本を懇切丁寧になぞっていく、
という約束事がありましたし、
そもそも昔は、
監督の存在が絶対的でしたから。
「監督」なんて呼ばずに、「先生」ですよ。
若い女優さんとかも、
「先生、ここはどうしたらよろしいでしょうか」
みたいな(笑)。
それがいまは、スターシステムの時代になってきて。
糸井
そうか、いまは
役者のほうにも力があるようになったんだ。
佐藤
けっこう、複雑な構造なんじゃないかなと思います。
糸井
そうか、そうか。
親分が何人かいる団体みたいな。
佐藤
下手したら、船頭が3人いますよ。
監督、主役、プロデューサー(笑)。
糸井
3人かぁ。
いやぁ、3人は多いですねえ(笑)。
それでうまく行くケースっていうのは
あり得るんでしょうか。
佐藤
まぁ、それでも、
呉越同舟しても、映画という船は、
必ず作品という港に着きますからね。
糸井
あぁ、そうか。
佐藤
たまたま、結果的に
「あれ、意外にイケてるじゃねぇか」
ということもあり得るだろうし、
だめだった場合は、
「やっぱり、ああいう現場じゃ、
 こうなっちまうよな」
って思う作品もあるでしょうし。
糸井
いいか悪いか、
非常に極端になるんですね。
それはリスクが高いですよね。
佐藤
そうですね。
たとえば、船頭が監督1人で、
その人に従って作れば、
ある意味、意図した通りの映画ができるだろうし、
役者も、後で見て、
「あ、ここって、こうなってたのか。
 なるほどね」っていうふうに、
その監督の意図することを感じ取れるんですけどね。
糸井
うーん‥‥。
最後の説得力を持つのは誰なのか、
ってことですね。
佐藤
「なんでここで、この流しのお茶碗撮ったんだろう?」
という疑問が仮にあったとしても、
「あ、なるほどな。このお茶碗って、
 こういうことだったんだ」
というのが後付け的にわかるというか。
糸井
船頭が3人もいたら、
そういうこと全部を、撮っているその場で
話し合えるはずがないですもんね。
佐藤
それはもう、ある種、
1人の船頭の頭の中だけに
あるべきことかもしれないです。
糸井
船頭の頭の中、という話でいうと、
コッポラの『地獄の黙示録』という映画が、
後で、その製作ドキュメンタリーを出しましたよね。
佐藤
『ハート・オブ・ダークネス』ですね。
最高ですね、あれ。
ぼくもよく、若いやつにすすめてるんですよ。
糸井
ありゃあ、すごかったですねぇ。
佐藤
あれを撮ってるのは、
コッポラのカミさんですからね。
旦那がものすごくもがいている状況を
冷静にカメラ回して撮ってるというのが、
もう、すごくて。
糸井
で、役者はムチャクチャですし(笑)。
佐藤
マーロン・ブランドは台本読んできてないし。
糸井
太ってきてるし(笑)。
佐藤
デニス・ホッパーも、
あんまり役やってないし(笑)。
いや、すごいですよ。
糸井
すごい。本編とその製作ドキュメンタリーの
2本をセットで観たら、たまらないですよね。
ぼくはそれを時差で観てるんです。
最初に映画の本編を観て、
「これ、ムチャクチャな映画だな」と思いつつ、
おもしろかったなと思った。
そしたら、後でその映画の
ドキュメンタリーが出て、
六本木の狭い映画館で観たんです。
それはもう、
「こんな映画を野放しにしていいのか」
って言いたくなるくらいのものでした。
あれは、あらゆる映画作品の縮図でしたね。
佐藤
だと思いますね。
極限のような状況のなかで
ベトナムでサーフィンしてる画を撮ってましたが、
あれってたぶん、
コッポラが途中で
思い付いたんじゃないかなと(笑)。
でも、後から見ると、その部分こそがすごいんです。
糸井
そうですね。
船頭、つまり監督の
まさしく頭の中だけにあることを、
ただ思うように撮ったんですよ。

(つづきます)
写真:池田晶紀(ゆかい
佐藤浩市さんメイク:辰巳彩(六本木美容室)、スタイリング:喜多尾祥之
2015-06-25-THU
©HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN