佐々木俊尚 × 糸井重里  メディアと私。  ──おもに、震災のあと。


第4回 リアルな情報。第4回 リアルな情報。

糸井 もう、それすら忘れかけてますけど、
震災が起こる前っていうのは、
じつは世の中にいろんな行き詰まりがあって。
佐々木 そうですね。
この閉塞的状況が打破されるべきだって
言われ続けながら、ちっとも糸口がないような。
糸井 ええ。でもいまは、
それを悶々と探しているような状況では
なくなりましたからね。
その、いま覚醒して動いてないと、
友だちの助けにもならないじゃないかっていう。
佐々木 そうですね。
糸井 ひとつ例をあげると、
ぼくのような中小企業の社長は、
なんのためにその会社があるのかっていうことを
ずーっと問われ続けるわけです。
つまり、会社には目的があるはずだと。
佐々木 ああ、なるほど。
糸井 それはもう、うっすらとした強迫観念のように
ぼくのなかにあったんです。
で、いつかそれがスパッと言えるように
なったらいいなと思ったんだけど、
なかなか言えるもんじゃないんです。
でもね、ああいう大きな震災があると、
会社の目的をどういうふうに
説明するかなんてことよりも、
とにかくなんかの役に立ちたいとかね、
困ってる誰かを助けたいとか。
佐々木 そうですよね。
糸井 で、自分たちは助けながらも、
疲弊するんじゃなくて、
きちんと笑いながら過ごしたい、
っていう気持ちがあって。
なんなら、
「あの会社は、震災で焼け太りした」って
言われるくらいになりたいって
よく言ってるんです。
佐々木 (笑)
糸井 そのためにアイデアを出したり、
新しい価値を増やしたりしていきたい。
もちろん震災があってよかったなんて
言わないですけど、それがあって、
いまの真剣で現実的な当事者意識が
生まれていることは、たぶん間違いがなくて。
佐々木 そうですね。ぼくも去年までは
いまの状況を変えなきゃいけない、
脱却しないけないとは言っていたものの、
つねに「アンチ何々」っていう視点だったんです。
糸井 あー、なるほど。
佐々木 否定するところから出発するっていう、
そういうところから
逃れられなかった感じするんですけど、
いまは、なんていうか、
問題のある古いシステムや、
もう壊れかかっているようなものを、
「壊そう!」って話をいまさらしなくても
これからどうやって
我々の社会をつくっていくのかっていう
建設のほうに気持ちは完全に動いている。
糸井 まったくそうですね。
どっちが正しいかっていう
議論してる時間があったら、
あなたがいいと思ったことを、
予算30円でもいいからはじめてごらんっていう。
佐々木 そうですよね。
糸井 そういうふうに動きやすくなってますよね。
たとえば、このほぼ日刊イトイ新聞っていうのは
もう13年やっていて、
ゲストとして出てくれる人も、
タダで来てくれる人しか呼ばないんです。
だから、佐々木さんのように
フリーでやってる人を呼ぶっていうのは、
初期のころ、ちょっと遠慮してたんです。
なぜかというと、どこかに出て
考えを表現するっていうことが仕事の人を
タダで呼ぶっていうのは失礼だから。
だから、「いいよ、行くよ」って言って
好きで来てくれる人だけを相手にしていて、
企業の社長とかがよく登場するのは
そういう理由なんですよ。
佐々木 ああ、なるほど。
糸井 で、このごろは、フリーの方にも
声がかけやすくなってきた。
それは、予算とか規模とか条件みたいなことを
いろいろ言わずに「やろうよ」って
言ってくださる人が増えたからです。
その雛形が、すでに東北には
あちこちで生まれてるじゃないですか。
佐々木 自然にそうなってる感じですよね。
「ビオトープ」っていう言い方があるんですけど、
そういう生態系みたいなものが
どんどんどんどん増えていって、
社会全体を構成するように
なっていくんじゃないかと。
そこでそれぞれの関係をつくってる人たちは、
いままでのように単に情報を受容してるだけの
消費者じゃなくて、仲間なんですよね。
糸井 うん、そうですね。
佐々木 個々に、当事者意識を持って、
自分たちが好きなものとつながる、っていう。
そういう、小さな当事者がたくさん集まって、
大きな社会につながっていく感覚が
いますごく出てきている気がして。
そういう「中間共同体」について考えるのが
最近のテーマのひとつなんですよ。
糸井 「中間共同体」。
佐々木 わかりやすくというと、日本という国で、
「日本」と「私」という関係だけだと、
社会がつながらないんですよ。
それだとあまりにも遠すぎるんです。
だから、そのあいだにワンクッション必要で、
それが中間共同体とか
コミュニティって言われるもの。
わかりやすい例でいうと、かつての農村ですよね。
糸井 ああー。
佐々木 日本っていうのはむしろどうでもよくて、
俺はこの村の住人で、村の寄り合いに出て、
この村のなかでこう働いてるぞ、
みたいな感じだったわけです。
でもそれが、太平洋戦争が終わって、
農地解放されて、
農村からどんどん若者が出てきて、
農村が空洞化していくと。
そのときに都市部にみんな出てきて、
行き着く場所がなくて
困ってるときに出会ったのが、
企業という中間共同体だったんですね。
糸井 うん、そうですね。
佐々木 あるいは宗教だったり、政党だったり、
学校だったり、ある種の主義だったり。
とにかく、自分が日本という社会に
直接対面するのではなくて、
そのあいだにワンクッション、
仲間意識を持てる空間が必要なんですけど、
いま、それらがどんどん壊れて
リアリティーを持てなくなってるんですよ。
糸井 ああー。
佐々木 で、実はインターネットみたいなものが、
それを代替できるんじゃないのかっていうことを
ずーっと考えてるんですけど、
一方で、インターネットなんて、
実際のセーフティーネットには
ならないじゃないかという気もする。
というのも、本来の中間共同体というのは、
身体をこわしたり、親族が死んだりしたときに
頼ることができるような存在であって。
糸井 インターネットでのつながりには、
そういう「実」がないんですね。
佐々木 そうなんです。
ただ、深い情報でつながってると、
強い共鳴が起こりますから、
なんらかの社会的なクッションには
なるかもしれない。
糸井 自分の経験からいうと、
1000人っていう単位になれば飯が食えるんですよ。
佐々木 ああ、そうですか。
糸井 つまり、1000人の町があったら、
そこでいちおう、金物屋をやっても、
レストランやっても、お客は来る。
佐々木 そうですね。
糸井 たとえば、
アフリカの音楽が好きな人たちの集まり、
みたいなものがあるとしても、
1000人の規模になればなにかができるんですよ。
それをメシのタネにする人もいるだろうし、
そこで消費することをたのしむ人もいる。
佐々木 『キュレーションの時代』で
書ききれなかったことなんですけど、
キュレーターがきちんと機能すると、
その周辺に小さなビオトープができるんですよ。
でも、それをきちんと把握するのが難しい。
だから、糸井さんの言う「1000人の集まり」が
潜在的にはできていたとしても、
見つけて、はっきりとつなげるのは、
なかなかできない場合が多いんです。
糸井 それはねぇ、おそらく、
言いだしっぺになる覚悟がないと
見つからないんですよ。
それもやっぱり、当事者意識ですね。
で、「俺が」があると、
「俺も『俺が』って思ってたんだよ」
って人と、つながれるんですよ。
佐々木 なるほど。


(つづきます)

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2012-01-31-TUE