サンパチの愛称で知られる
ソニーのコンデンサーマイクロホン
「C-38B」をつくる工場は、
日本、いや、世界で1か所しかありません。
もっというと、その工場のなかでも、
サンパチを組み立てられるのは、
限られた職人さんのみだそうです。
そんな特別な場所「ソニー・太陽」へ、
糸井重里が向かいました。
そこで見た光景、聞いた話、感じたこと、
全5回にわけておとどけします。
サンパチマイク(C-38B)について
糸 井
おふたりは、
サンパチマイクの音づくりに、
深く関わっているとお聞きしたのですが。
▲ソニー・太陽株式会社:プロダクトビジネス部 富山康明さん(中央)/
プロダクトビジネス部 岩尾隆士さん(右)
富山さん
私たちはここでエンジニアをやっています。
深く関わっているとはいっても、
私が入社した頃にはもう、
十分実績のあるマイクではありました(笑)。
糸 井
発売から60年以上経っているそうですが、
これはやっぱりとんでもないですね。
富山さん
まちがいなくソニーでは、
いちばん古い現存の製品だと思います。
糸 井
いろんなマイクがあるなかで、
どうしてこのマイクが
こんなに広まったんだろうと思ったんですけど、
60年という歴史を考えれば、
これだけ定着してもおかしくないですね。
富山さん
最初は漫才用というわけではなく、
放送局とか、レコーディングスタジオとか、
そういうところで使われるものだったんです。
それが主に劇場などを中心に、
全国に広まっていったんじゃないかと。
糸 井
どうしてそんなに受け入れられたんでしょう。
富山さん
当時、マイクロホンは2種類あったんです。
磁気エネルギーを使った「ダイナミックマイク」と、
電気エネルギーを使った「コンデンサーマイク」です。
当時はダイナミック型のほうが、
耐久性があるし、つくりやすいということで、
世の中にかなり広まっていました。
一方、当時のコンデンサーマイクは、
音は良かったのですが、信頼性がなかった。
湿気による不安定なノイズ発生などもあり、
日本国内ではあまり使えなかったそうです。
そういう時代に、ソニーが
「C-37」というコンデンサーマイクを
国内で最初に開発したんです。
サンパチの前の「サンナナ」ですね。
糸 井
それはコンデンサーマイクの問題点を、
ソニーがクリアしたってことですよね。
富山さん
そうです。
放送局で使えるクオリティのものでした。
ただし、サンナナは真空管を使ったモデルなんです。
糸 井
あ、真空管なんだ。
富山さん
真空管は立ち上げに時間がかかるし、
ダイナミック型に比べると起動性が良くなかった。
そこでソニーは真空管の代わりに、
「トランジスタ」を使った後継機をつくります。
それがいまの「サンパチ」の原型になります。
糸 井
あー、そういうことか。
つまり、トランジスタのソニーだから。
富山さん
そうなんです。
ラジオで使っていたトランジスタ。
それから電池ですね。
四角い電池、9V(ボルト)の電池。
あれはもともとトランジスタラジオの電池で、
それを使ってすぐに駆動できるようにしたんです。
糸 井
はぁぁ、なるほど。
ソニーがつくる必然性があったってことだ。
富山さん
音もいい、使いやすい、信頼性もある。
ということで、サンパチが
劇場に広まっていったんだと思います。
糸 井
トランジスタの歴史のなかに、
サンパチマイクが入っていたわけだ。
富山さん
はい。
糸 井
当時は舞台や漫才に関係なく、
音楽用につくられたものだったんですね。
富山さん
もともとはそこがメインでした。
主に和楽器ですね。
三味線とか琴との相性は非常にいいです。
いまでも海外製のマイクを含めて、
サンパチは和楽器との相性がいい
という評価をいただいてます。
糸 井
開発から60年というのが、
あらためてびっくりしているんです。
ほとんど変えないで来られたってこと自体、
とんでもないことですよね。
富山さん
中の部品はいろいろ変わってはいます。
当時の会社がやめちゃったりとか‥‥。
ただ、部品が変わっても、
マイクのキャラクターを変えてないというか。
そこは失わないようにはしています。
糸 井
部品は変わるけど、音は変わらない。
富山さん
マイクというのは、
部品のちがいによって音が変わるという、
楽器的な要素もあるんです。
なので、音質のキャラクターを
いかに維持するかというのも大事なことで。
糸 井
音にキャラクター付けをおこなうわけですよね。
富山さん
そうです。
このマイクはここを失っちゃダメだよ、みたいな。
糸 井
そのキャラクターというのは、ある程度、
ことばで説明できるものなんですか。
「サンパチの音のキャラクターはこうだよ」とか。
富山さん
うーん‥‥。
糸 井
むずかしい(笑)。
富山さん
人によって捉え方がちがうのですが、
サンパチに関しては、厚みというか、温かさというか、
そういうものはしっかり持っておきたい。
帯域(たいいき)は決して広くなくてもいいけど、
ことばはしっかり捉えてほしい‥‥とか(笑)。
糸 井
なんというか、ほんとうは説明できない部分。
富山さん
結局は「振動」なんです。部品の震え。
なので、組み合わせとか材質とか含めて、
いろんなものが影響してくると思いますけども。
糸 井
締めているネジの材質が違うだけで、
響きが変わってくるんでしょうね。
富山さん
突き詰めるとそうなります。
糸 井
そのちがいって普遍化できるものなんですか。
つまり、グラフで比べられたり。
富山さん
そこがなかなかむずかしい世界で(笑)。
糸 井
笑っちゃうくらいだ(笑)。
例えば、音を聴いて
「うーん、ちがうな」とかも言うわけですよね。
富山さん
そうですね。
エンジニア、製造の作業者含めて。
糸 井
実際に音を耳で聴いて、
そこにいる誰かが合格を出したりして。
富山さん
それがたぶん「ソニーの音」というか、
ソニーのマイクの音になっていくんだと思います。
糸 井
それはデジタルカメラの色が、
設計者の個性によって変わるようなことですね。
富山さん
あー、そうだと思います。
糸 井
おふたりとも技術者でいらっしゃいますけど、
ここに入社される前から、
そういうのを習っていたわけじゃないですよね、きっと。
富山さん
入ってからです。
岩尾さん
じぶんもそうです。
糸 井
例えば、料理の素人だったら、
味見をして「おいしい、おいしくない」は、
なんとなくわかるような気もするんですけど、
マイクの聴き心地に関しては、
そういうわけにはいかないですよね。
富山さん
他人と共有するのがむずかしい分野ですね。
糸 井
受信機である耳もみんなちがうわけで。
富山さん
しかも耳だけで聴いてるわけでもないというか。
音はほんとうにむずかしいです。
糸 井
おとなりにいらっしゃる岩尾さんは、
富山さんと同じお仕事をされているんですか。
岩尾さん
はい。
同じ部署には私の他にもメンバーはいるのですが、
富山さんのような経験ある方からは、
「ここの音はこうではない」とか、
「サンパチのキャラクターはこうだ」とか、
そういうことをいつも教えてもらっています。
富山さん
まあ、うるさいことを言う役です(笑)。
岩尾さん
マイクの性能というのは、
グラフや波形でも計測はできるのですが、
計測ですべてがわかるわけでもないんです。
そういう目に見えない部分を、
一子相伝のように受け継いでいる感覚ですね。
糸 井
そうやって「ソニーの音」を耳で学んで。
岩尾さん
じぶんの耳で理解するようにしています。
もし部品が変わったりしても、
それまでのキャラクターを維持しないと、
ミュージシャンやエンジニアの方が
困ってしまいますので。
糸 井
そうか、使う側がね。
岩尾さん
なので、いろんな音を聴きながら、
迷ったら先輩に訊いているという感じです。
ただ、誰もがそうですけど、
年齢が上がってくると、
聴こえる音というのも変わってきますので。
糸 井
あー、いわゆる耳のほうがね。
富山さん
そうですね。
糸 井
料理人でいうと、じぶんが年を取ると、
じぶんが薄味を好むようになるけど、
常連さんもいっしょに年を取っていくから、
それはそれでいいという考えもありますよね。
でも新しいお客さんにとっては、
「なんか味がしねえな」ということもあって。
富山さん
当然あり得ることだと思います。
糸 井
そういうところをわかったうえで、
「これからお前だよ」みたいに託して。
富山さん
新しい人の感覚というか、
それも当然必要になってきますからね。
糸 井
料理人の話にそっくりですね(笑)。
富山さん
でも、おっしゃるとおりだと思います。
レシピはすでにあるんだけど、
その通りにつくっても同じにはならないというか。
糸 井
じぶんの機嫌だったり、その日の天気だったり。
究極はそういうことも関係してくるわけですよね。
そこはおもしろいところだなぁ。
富山さん
おもしろいところでもあり、
ものすごくむずかしいところですね。
音をつくるって、そういうことなんだと思います。
(つづきます)
2026-04-02-THU
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