自分の字を好きになるためのシリーズ Vol.1   六度法で、 きれいな字 富澤先生が教えてくれた3つのルール。
 

たとえば、ほぼ日手帳に人前でメモをするようなとき、 すこしためらう自分がいたりはしませんか? もっと字をきれいに書けたなら、 手帳だって手紙だって、 今よりたのしく堂々と使いこなすことができるのに‥‥。  「六度法」のうわさを耳にしました。 六度法? これを身につければ誰でも字がきれいになるのだとか。 しかも六度法は、簡単に身につく? えー! ためしてみたいっ! 発案者の富澤敏彦先生をお招きして、 ちいさな授業を開くことになりました。 生徒は、ほぼ日乗組員のふたりです。 ふたりとも、自分の字には自信がございません。

富澤敏彦先生のプロフィール
その1 ルールは3つ、たったの3つ
──── 富澤先生、わざわざお越しいただきまして、
ありがとうございます。
本日はよろしくお願いいたします。
富澤先生 こちらこそ、よろしくお願いいたします。
──── さっそくですが、「六度法」ということばに、
わたしたちは勝手にピンときまして。
富澤先生 そうですか。
──── パソコンや携帯電話で
文章を書くことが多い現代ですけれど、
やっぱり、手書きの文字もたいせつにしたい。
富澤先生 はい。
──── 自分の字を好きになれば、
手帳にたくさん書き込むこととか、
メールではなく手紙を書くことが、
もっとあたりまえの習慣になると思ったんです。
富澤先生 なるほど。
──── そこで今回は、
自分の字を好きになれていないふたりを、
こちらにご用意いたしました。
ナカバヤシ 「ほぼ日刊イトイ新聞」の中林と申します、
自分の字がまったく好きになれません。
西田 西田と申します、
人前で字を書くことが恥ずかしいです。
富澤先生 はい、そういう方はよくいらっしゃいます。
──── このふたりを生徒にいたしまして、
小さな教室を開くようなかたちで、
「六度法」を教えていただけますでしょうか。
富澤先生 そうですか、そういう形式なんですね。
ふたり よろしくお願いします。
富澤先生 わかりました。
ではまず、
「六度法とは」というようなところから‥‥。

きれいな字を書きたいという願望、
これは日本人が等しく
持っているところだと思われます。
ところがですね、
これまでの学習方法というのは、
書道でした。
西田 書道。
ナカバヤシ お習字。
富澤先生 そう。みなさんご記憶だと思いますが、
書道というのはですね、
何べんも何べんも書いて、
お手本を頭に刻みつけていくという、
「記憶模倣方式」なんですね。
ナカバヤシ 記憶模倣‥‥なるほど。
富澤先生 きちんと模倣をできるまで頭に入れるにはですね、
とにかく繰り返し書かなきゃならない。
書道のほうでは、
「一文字千回」などと申します。
西田 ‥‥一文字を模倣するには千回書く、
ということですか。
富澤先生 はい。常用漢字は2136字ありますから、
213万6千回、書くことになります。
ナカバヤシ ああ‥‥。
富澤先生 小学校1年生から
6年生までに学習する漢字が1006字です。
これを同じように計算しますと、
100万6千回ですね。
小学生が週一回のお稽古で
4字ずつ練習するとして、
1年間に200字ですから
5年間かかることになります。

ところがそれだけ書いていても、
記憶模倣方式ですので、
「お習字やってるんでしょ。
 このお知らせを書いてくれる?」
と頼んだとき、
習ってない漢字があると、
「その字はまだ習ってないから書けません」
と返ってきたりします。
ナカバヤシ ストックがないものは書けない。
富澤先生 はい。じつは私も昔は
「たくさん書こう、一生懸命書こう」
という精神主義でした。
いま教室で行われている
「集中して」「根気よく」「おしゃべりしないで」
「一生懸命」というのは、
ぜんぶ精神性の話ですよね。
どれも大切なことですけど、
合理的な理論に基づいてこそであって、
ただやみくもにやっても
結果は出ないということを、
まさに、いま、
多くの人が証明しているわけです。
西田 書道なので、あとは芸術性でしょうか。
富澤先生 「書道」はすばらしい芸術です。
ただ、日常的に使う字については、
芸術性や精神性は必要ないわけですよ。
堂々とした字とか、繊細な字とかではなく、
求められるのは、形の整った、
読みやすい、きれいな字であり、
そういう字にする技術なんです。
ナカバヤシ 心ではなく技術‥‥。
ちょっと目からウロコです。
富澤先生 古典の字を聖なるものと崇めるあまり、
私のように分度器をあてて
分析するという技術論の発想が
そもそも生まれにくかったのだと思います。
ナカバヤシ その技術論がつまり、
「六度法」ということでしょうか。
富澤先生 そういうことになります。
目標とするのはきれいな字ですから、
そのために必要な条件を研究しようと考えました。
そこで私が着目したのが、
中国の、石碑の文字だったんです。
西田 石碑。
富澤先生 1400年前の中国でつくられた石碑です。
中国古典の中でも
「完璧な楷書」と言われる文字を分析した結果、
たった3つの法則に
集約できることが判明したんです。
きれいな字にするルールは、たったの3つ。
ナカバヤシ 3つ。
西田 3つだけで。
富澤先生 1つ目のルールは、「右上がり六度法」です。
「右上がり」というのは、
文字を書くときの体の自然な動きなんです。
字というのは点や線の集積で、
その中でも最もウエイトが高いのは
横の線を書く動きです。
横の線は、こぶしが左から右に移動します。
その大元の動作は、
このように腕を振ることなんです。
(体の前で、腕を横に振る)
ナカバヤシ はい。
富澤先生 この、腕を振る動作が腕の先端で縮小されて、
鉛筆を左から右に移動する動作になる。
そのとき、遠心力で右に上がるのが自然なんです。
やや右上がり。
実験の結果、書きやすくて字の形がよくなるのは
六度強ということがわかりました。
その角度で右に上がると、きれいな字になる。
「六度法」という名称もこの法則によっています。
西田 へええー、六度できれいに‥‥。
富澤先生 2つ目のルールは、「右下重心法」といいます。
右上がりにしますと、字は当然傾きます。
そこで右の下に重心をかけることで、
バランスをとるのです。
ナカバヤシ 右下に重心‥‥。
富澤先生 実際に書いてみれば、わかると思います。
いくつかのパターンはありますが、
右下へ十分にひっぱって書けば、
横画や、縦画の書き出し位置や、
パーツの配置が右上がりでも、
文字全体は安定するということです。
ナカバヤシ はい、なるほど。
富澤先生 そして最後、
3つ目のルールが、「等間隔法」です。
これはもう、そのままの意味で、
何本かの線が平行するときは、
その間隔を等しくするということです。
「三」とか「川」とか「冊」とか、
平行する線でスペースを分断するときは
等間隔にするということです。
これはどなたもなさってることです。
この3つだけです。

2136人がひとりずつ階段を上るのでは
時間がかかりますね。
六度法の3つのルールを使って書くということは、
2136人がそろって
一階から二階にジャンプするように
変わるということです。
ふたり はあーー。
富澤先生 それに、六度法は、
ひらがなとカタカナにも使えるんです。
どちらも漢字からできていますから。
ですから、
漢字仮名交じりの文章が書けるというわけです。
ナカバヤシ 漢字以外にも‥‥。
富澤先生 横書きのときに威力を発揮するというのも
大きな特長です。
書道には、横書きのノウハウがないので、
書道をなさった方でも
「わたし、横書きにすると、なんかヘンなの‥‥」
とかおっしゃいますよね。
西田 はい、そのパターンは多いですよね。
富澤先生 その論文を書いたのが、平成5年でした。
平成4年には書写、お習字ですね、
その教科書の批判を書きました。
書写といいながら書道をさせているので
「正しく整えて書く」
という目標が達成されないんだと。
毛筆で書いたお手本の形に似せて書くことが
目標になってしまっているんです。
ですから、
「はらい」や「はね」の形を
あとから筆の先端で
ぬり絵のように補正したりしている。
子どもたちは鉛筆でノートをとっているのに、
その基本を学ぶのだからと、
昔の用具を使おうとする。
筆に神経を使ってしまって
肝心の「正しく整えて書く」に
気が回らないんですね。

そこで、たった3つのルールで
きれいな字になる六度法について書いたわけです。
西田 それが18年ほど前のことですね。
富澤先生 そのころ私は国立学校の附属学校で
教師をしていたのですが、
文科省のおひざ元ということで、
やはり学習指導要領通りなんですね。
50分の授業の40分は毛筆です。
残りの10分くらいで硬筆を教えても、
六度法の真価はわからなかったんです。
ナカバヤシ 10分‥‥もうすこしほしいですよね。
富澤先生 はい。ところがあるとき、
私、脳梗塞を患いまして。
じつは今も少し麻痺が残っているんですが、
それで右半身不随になりまして、
しばらくは授業で毛筆の指導ができないと。
それで、すでに創案していた
六度法をやってみることにしたんです。
教室にようやっとたどり着きまして、
椅子に座って口頭で、
「一画目は右に6度上げなさい」
「右下のはらいを十分にひっぱりなさい」
というふうにやったわけです。
そうすると、あっちこっちでですね、
「おい、俺の字、かっこいいだろ」と、
隣同士で見せ合ったりしている。
ふたり (笑)
富澤先生 その後、『六度法ノート』という、
処女作ですね。
論文をベースにした本を
小学館から出していただきました。
そうしましたら、たいへんな話題になりまして、
今は、NHK文化センターとか、大学とか、
教育委員会とか、
全国あちこちにうかがっては、
セミナーなどを開かせていただいています。
と、まあ、大まかに言いますと
そのような経緯になります。
ナカバヤシ ありがとうございます。
それではいよいよ具体的に、
六度法を教えていただけますでしょうか。
富澤先生 わかりました。

(つづきます)
2011-12-13-TUE
 
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(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN