194 レストランでの大失敗。その5。「すべてがチグハグな夜。

スゴく行ってみたかったお店でした。
はじめてのお店だったかというとそうじゃない。
一度だけ。
ボクを東京のおいしいお店に連れていき、
レストランをたのしむ大人の流儀を教えてくれた人であり、
今の仕事の大先輩に、連れて行ってもらったお店。

イタリア料理の老舗中の老舗と呼ばれる店でした。
会員制のクラブのような、
どこか秘密めいた雰囲気があって。
決して予約が絶望的にとれないというような
人気のお店ではなくて、けれどはじめての人を
やんわりと拒絶するような雰囲気がある。
大きすぎないダイニングホール。
当たり前のテーブルが規則正しく並べられ、
その間隔は隣のテーブルの会話が気にならない程度に近く、
サービスをするのに不都合がない程度に離れてる。
それぞれのテーブルのにぎわいや高揚感を借りて
自分のテーブルまでもがにぎやかになる。
そんなステキなレストラン。
そしてボクらのテーブルは、
厨房からの出入口が伺い見れて、
プライバシーを感じる柱の影という落ち着いた席。
あぁ、コレが大人のたのしむ場所‥‥、
ってウットリしました。

それから優に2時間ちょっと。
料理は、おいしゅうございました。
おいしいというか、はじめて食べるものが多くて、
それがおいしいかどうかを評する資格が
ボクにはなかったけれど、それらはじめて食べた料理が、
これから先もずっとこの味でいてくれたらば、
ボクは絶対好きになるに違いないと、思えるおいしさ。
ただその料理の値段が一体いくらか。
ボクは知らずにその日は終えた。
いくつかの料理はメニューにないもの。
しかもワインのリストを見ずに終えたので、
値段の見当のつけようがなく、
一体、いくらぐらいだったんですか? と聞くと、先輩。

若いうちは、値段のコトを考えずただひたすら、
おいしさだけを舌に覚えこませるコトが
勉強なんだよ‥‥、と。

そういうもので、それ以上、値段のことは聞けずじまい。
雑誌なんかにたまにでる
その店の記事の内容から推察するに、
背伸びをすれば届かぬ値段ではないはずだと、
それで一念発起しました。


次の給料日の直後の週末。
その店で食事をするんだ。
その日を、本当のデビューする日にしてやるんだ‥‥、と、覚悟を決めて電話で予約をして待った。

友人を誘って意気揚々とお店を訪れ、
案内された席は最初に座ったテーブルとは違って明るく、
ダイニングホールすべてが見渡せる場所。
ウェイターが頻繁に目の前を通り、
落ち着かないというか風情にかけた。
あのテーブルはあいていないの? と、
先日のテーブルを示して聞くと、
あちらの席の準備が
まだできていないものですから‥‥、と。
いささかむっとしたワケです。

メニューを開いて注文します。
いくつか料理を告げたあと、
‥‥、その料理のほとんどが
先日、食べたモノと同じであったのですが‥‥、
プンタレッラのサラダはあるの? と聞いてみる。
メニューになくて、
先輩が注文したモノのひとつがプンタレッラ。
シャキシャキとして軽い苦味が爽快な野菜のサラダで、
それを是非にと思ってた。
するとお店の人が申し訳なさそうにいう。
「プンタレッラのご用意は今の季節にはございません」
‥‥、と。
あぁ、恥ずかしい。
これじゃ、料理を知らないってコトを
言ってるようなモノじゃない。
続けてお店の人がいう。
「今の季節の茸のサラダがございますが、
 いかがしましょう?」
助け舟だったはずなのに、ボクの頭はほぼパニックで、
メニューのサラダの項目の中で
一番高いメニューを指さし、ならばこれにして頂戴! と。
ついでに、ワインリストの中から、
高そうなのを一本選んで、
これを抜いていただけないかなぁ‥‥、
と、言い放ってリストを返す。

はじめて来た店で、バカにされないようにしなきゃね‥‥、
ともう必死だったわけです。


料理はどれもおいしかった。
けれどはじめて来たときのようにはどれもおいしく感じず、
それに座りたかったあのテーブルには
結局誰も座らなかった。
なにかすべてがチグハグで、
なにより恭しくやってきた請求書を見て、
あまりの高さにクラクラします。
割り勘でと誘った友人は、
「これも、勉強なんだろうな」
と紙幣を二枚、テーブルの上に置いて軽く苦笑い。

ごめんな、この前はこんなじゃなかったんだよね‥‥、と、
何気なくその友人にいった言葉を
テーブル担当のウェイターが聞き逃さなかった。

以前、お越しになったのですか? と。
聞かれて、実は一ヶ月ほど前に
ボクの先輩に連れてきてもらったんです‥‥、と、
先輩の名前を告げる。
あぁ、そうなんですかと、
お店の人のちょっと戸惑ったような表情をして
ボクらを見送る。
それがなんだか後味悪くて、
あぁ、好きになりたいお店にふられた。
スゴくかなしい夜でした。
一体、何が悪かったのか。
ボクは本当はどうすればよかったんだろう‥‥、
と思ってトボトボ家路についた。

後悔の気持ちをこめて、来週です。




2014-10-30-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN