かつて接待において
「ゴルフをご一緒しませんか?」というお誘いが、
どんな最高クラスのレストランへのお誘いよりも
魅力的であった時代がありました。
ビジネスマンたるや、
贔屓の野球チームをもち、ゴルフをたしなんでこそ一人前。
そして名門カントリークラブの会員となることが、
社会的に成功している証であったりした時代。
同じグリーンでプレイすることが、
同じ釜の飯を食ったと同じか、
あるいはそれ以上の意味のあった時代のコトです。

ボクも一度、ゴルフ接待の片棒を担いだことがありました。
とはいえ、ボク自身はゴルフをしない、と
早い時期に宣言していました。

ボクの周りの先輩方は、こぞって
「私が教えてあげるから
 一緒にグリーンをまわりましょう」
と、ありがたいことにお誘いばかり。
ひとつひとつの誘いを真面目に受けていたら、
ボクには何十人もの先生ができてしまうに違いない。
そんな面倒なコトにはなりたくないから、
いっそ「しない」と宣言した方が
誰も不幸にしないだろうと、決めたコトでした。
そんなボクがなんでゴルフ接待の片棒を‥‥?




ゴルフのあとには食事でしめるというのがルール。
まぁ、大抵はカントリークラブに併設されたレストランか、
街に向かう途中の寿司屋だったり蕎麦屋だったり、
気軽な店でビールを飲みつつ
今日のプレイを振り返るというのが一般的なるゴルフの〆。
何しろメンバーのその日一番の関心事といえば、
何をおいてもスコアのコト。
面倒な食事で頭をいっぱいにしたくはないのが
普通なんでしょう。
ビールにクラブハウスサンドイッチ、
それにサウナがつけば十分なはずだったんだけれど、
たまたま素晴らしいと言われる
名門カントリークラブの平日。
季節は秋のはじまりで、
日差しが弱りはじめるおやつどきのスタートで
コースがとれた。
すわ、大切なお客様の接待を!
と、色めき立って、準備開始となったワケです。

せっかくだから特別な夕食をセットにしたい。
聞けばそのカントリークラブの近くに、
すばらしいレストランがあるらしい。
誰か行ったことがある奴はいるか?
って、いうから、何気無く「はい!」っていったら、
なんと会社でその店の経験者はボク一人だけ。
勝手を知らぬ店で接待をすることなかれ。
お前もついてきてくれないか。
何もゴルフはしなくていいから。
グリーンの上でどんな話をしているか、
聞いてみるのも仕事の肥やしになるだろう。
そんなこんなで説得されて、
席の手配から当日車を出してくれる
ハイヤー会社とも打ち合わせをして、そして当日。
男の井戸端会議とはこういうコトをいうのだろうな‥‥、
とグリーンの上の会話に辟易しながらも、
ニコニコしながらカートを押します。
気持ちはスッカリ、あのレストランへと
一足先に飛んでいました。

行きたいお店では、あったわけです。
なにしろ気軽にいける値段ではない。
しかも車がないと絶望的に不便な場所で、
車を持っていなかったボクにとっては
いろんな意味で憧れの店。
山の中腹全部をまるで庭園のようにしつらえた店。
駐車場から山路を散策しながら、
お店の中にいざなわれていく。
あれほど見事なアプローチって、
東京の街の中では作ろうとしても作れぬ贅沢さ。
まだ紅葉には早いだろうけど、
あの庭園を眺めて「来て良かった」と、
みんなが喜ぶ顔を思い浮かべれば、
退屈なゴルフもおいしい前菜みたいに思えてきます。

考えてみればゴルフの接待。
お見合いにおいて、形通りの自己紹介や
世間話が終わったあとに、
「あとは若いお二人の時間にいたしませんか」
と、2人を庭に放り出す。
そこでちょっと親密な、
でもまだよそよそしい会話を交わす時間に似てる。
‥‥、とボクは今でも思ってる。

そしてめでたくゴルフもおわり、
山に向かって走る車の中の旅人と
みんなはなった訳であります。




その車の中に、
誰か強力な雨男が乗っていたのでありましょうか?
雨がポツリポツリと降ってくるではないの。
最初は霧雨。
それが徐々に勢い増して、
ワイパーをフルスロットルで動かさないといけないほどの
本格的な雨になってしまったのです。

それまでボクは散々、お店の庭の話を彼らにしてた。
庭園の中を散策しながら
お店に入っていただきますから‥‥、
だからグリーンであまりはしゃぎすぎないでくださいネ
とかって、嫌味まじりにお店のコトを
勝手に自慢していたワケです。
車のトランクに傘が数本入っております。
それをお使いくださいな‥‥、と、
気の毒がって運転手さんが言ってくれる。
けれど、気持ちはグングン下がって行くのです。
車の中にまでジメジメ、雨が降ってくるような重苦しさ。
携帯電話がまだ普及する前のコトです。
今ならば、車の中からお店に電話をかけて、
どうすればいいか相談することもできようものを、
当時はそんな飛び道具もなし。

ボクの上司がポツリと言います。
「本降りだなぁ‥‥、雨の中を歩くんだよなぁ」と。
駐車場から軽い勾配の小道を5分ほども歩かないと
入り口まではたどり着かないしつらえの店。
グリーンの上なら少々の雨も
気にはならないおじさんたちも、
さすがにこの雨の中を歩かされるのは
気持ちいいものじゃないだろうなぁ。
はじめていくレストランでは、第一印象が良いかどうかが、
満足を占うとても大きな要素で、
だから、今日は残念な日になるかもしれない。
この車で向かっているボクらにとっても、
お店にとっても残念な日。
モッタイナイなぁ‥‥、とボクは思った。

ただ、あの店のコト。
この雨空に魔法をかけてくれるかも‥‥、
とボクは淡い期待をもって
「大丈夫ですよ、この雨もいい思い出にしてくれる
 素晴らしいお店ですから。もう暫くで到着です」と。

そしてまもなく到着するというときにひときわ、
ザザッと雨が強くなり、雨にけむる駐車場がみえてくる。
そのとき、ボクは我が目を疑いました。
駐車場の一番の奥。
店のアプローチとなる、
庭園の入り口の手前に大きなテント。
それもモロッコ風のエキゾチックな
天蓋の形を真似た真っ白なテントがしつらえられて、
駐車場に入ってくる僕たちが乗る車に向かって、
深々とお辞儀をする人。

車が近づいてくると、そのテントから
真っ赤な雨合羽をきた案内係がとびだしてきて、
テントの前に車をいざなう。
黒いボータイをしめた長身の執事風の白髪紳士。
その両側には和服をキリッと着こなした
サービス係の女性がふたり。
手には和傘を何本ももち、
ニッコリしながらボクらをむかえる。

雨の日限定の夢の入り口が、
まるで奇跡のごとくそこにできていたのでありました。

続きは来週といたしましょう。


2013-06-27-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN