ところで、「接待」というモノのコトを
考えてみましょうか。

接待。
もともとの意味は「お客様をもてなす」というコト。
古い飲食店ではサービス係のことを
「接待さん」と呼ぶことがある。
四国八十八ヶ所参りのお遍路さんに、
お茶やお菓子、軽い食事でねぎらうことを
「お接待」と呼ぶ習慣があったりもする。
けれどほとんどの場合、
「企業が取引先を飲食店などでもてなすこと」を
接待と呼ぶ。
その接待。

同じテーブルでおいしい料理を食べながら、
同じ時間をわかちあう。
他人同士の間を隔てる、見えない壁をとかす力が、
ステキなお店のステキな時間にはあるのですね。
その力を借りて、仕事を円滑にすすめようとする、
そういう食事は世界各国。
ビジネスランチ。
ビジネスディナー。
いろんなところに存在します。





1990年前後のアメリカで
「パワーブレックファスト」
なんて言葉が生まれたコトもありました。
夜の会食にはお酒がつきもの。
お酒を飲むと仕事の話を
冷静にすることができなくなるから、朝や昼。
特に朝‥‥、早起きをして朝食をたのしみながら
テキパキ仕事の話をすれば、
ことも進むし時間が無駄にならなくていい。
それで、高級ホテルのメインダイニングの朝食時間に、
予約をとるのもむつかしいほど
パワーブレックファストをする人たちで
賑わったコトがありました。
マディソン街の有名ホテルなんかに行くと、
男性客はみんなジョルジオ・アルマーニ。
女性はダナ・キャランの
シグニチャーラインのスーツをまとって、
真剣な顔でフレッシュフルーツに
オーガニックヨーグルトをかけて
パクパク、食べてたりした。
テーブルの上には機密情報が書かれているのであろう
リーガルパッドやコピー用紙が飛び交って、
おそらくそこで企業買収や投資計画が
披露されては決まっていたのでありましょう。

仕事を円滑にすすめるための会食‥‥、ではある。
けれどこれを「接待」というかというと、
それはかなり無理がある。

もてなされる側ともてなす側の役割分担が明確で、
もてなす側が必ず費用を負担する。
もてなす場所。
もてなし方。
それらすべてを、もてなす側が差配する。
それぞ、接待。
お勘定を! とウェイターに告げた途端に、
テーブルを囲む全員のところに
それぞれが食べた料理分だけの勘定書きが届くような、
パワーブレックファストは断じて接待ではないのですね。

おごり、おごられというのでもない。
あくまで、「もてなし、もてなされる」というこの関係性。
そのもてなしに、一体どのくらいの対価を
費やしたのかというコトを、聞かず、話さずという
遠慮深い大人の付き合い。
日本固有の日本の文化‥‥、
それが接待というコトができるのだろうと思います。




かつて究極の接待というモノを
演出しようと試みたコトがありました。
ボクがまだ30歳をちょっと超えた頃のコト。
時代はバブルの絶頂期です。
お金はいくらかかってもよかった。
大きな仕事を引き受けることがほぼ決まっていて、
その接待もあくまで儀式的なモノでしたから、
ボクは半ば「接待の勉強」を会社のお金でしてやろう‥‥、
ってそんな感覚。
ただ、どういう店で、
どのようにして相手をもてなせばいいのか
当時のボクにはまるでアイディアがなく、
それで「困ったときの師匠だのみ」。

師匠はこう言いました。

接待になれたお店を選ぶのがまずは肝要。
最近、オープンしたばかりのお店があるから、
そこに電話をかけてご覧なさい。
すき焼きでとても有名な料亭が
ステーキハウスを開店したというので、
おいしいモノが好きな人たちの間では
そろそろ噂になりはじめている。
私も機会があれば行ってみたいと思っているほど。
支配人に電話して、私の紹介だからといえば、
いろんな相談にのってくれるに違いないから‥‥、と。

電話をしました。
そして要件を簡潔に言う。
日時に人数。
そして目的。
予算はあまり気にしませんから‥‥、と。

その日、その時間でお席をご用意できますが、
できればお越しになって
お打ち合わせをさせていただけないでしょうか? と。
たしかに初めて伺うお店。
知りもしない場所でどんなおもてなしをするのか、
打ち合わせもできないだろうと
早速、翌日、伺うことになったのです。

場所は新宿。
目立たぬビルの目立たぬ2階。
入り口も目立たぬように作られていて、
こんな場所に‥‥、と最初は思う。
エレベーターに乗ると
なんとその店だけの専用エレベーター。
ボタンは「1F」「2F」ではなく、
「お出口」「お店」と刻印されてる。
「お店」のボタンを押してググっと上にあがって、
扉が開くともう店の中。
ふっかりとした毛足の長い、
足がとられそうになる上等な絨毯に出迎えられた
お店の中は、もう別世界。
「営業前でございますので
 照明を一番明るい状態にさせていただいております」
と言う。
それでも十分落ち着いていて、
カジュアルなおもてなしにと案内された
ダイニングホールには大きな暖炉が。
大きさとしつらえの異なる個室がいくつかあって、
とびきりのご接待でらっしゃるのならと
勧められた個室には、
ダイニングテーブルの他にくつろぐためのソファと
バーカウンターが用意されてた。
ここでどんな接待を
くりひろげることができるんだろう‥‥、
とワクワクしながら、
ここでよろしくお願いいたしますと言ったら、
いえいえ、まだまだお聞きしたいことがございます‥‥、
と。

ここにお座りくださいませんか‥‥、と、
お茶までそこでふるまわれる。
そして最初の質問にボクはビックリ。

「お客様をお迎えする
 お車の手配は必要でございましょうか?」

完璧にして上等な接待への道はまだまだ遠し。
さて来週に続きます。


2013-04-25-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN