アメリカという国のレストラン。
それは高級になればなるほど、飲食店の形ではなく、
「家」の形をとろうとします。
理由は簡単。
アメリカ人が考える、最高のおもてなしというのは
自分の家にお客様をお招きして、
たのしい会話と気のきいた料理で
そこに集まったみんながシアワセになるというコト。
だからおもてなしの場であるレストランも、
当然、家の形を真似るのです。

社交的であることが、節約上手であるよりも
よい奥さんの条件であるアメリカという国。
車の運転が上手であるより、
ローストチキンをキレイに切り分けるコトができることが
良い主人の条件であるアメリカという国。
ホームパーティーが日常的に行われる
生活習慣がありますから。
それにお客様をもてなすに十分な
居住空間があるというのも、
小さな頃のお誕生会ぐらいしか、
家でパーティーをする機会をもたない日本と
違ったところなのかもしれません。
小さい頃から「もてなす」というコトを
お父さんやお母さんの姿をみながら育つ彼ら。
もてなし方を知っているから、
もてなされるコトが上手にもなる。
もてなし手の苦労がわかっているからこそ、
もてなし手がもてなし易くふるまう工夫ができる。
レストランでの素敵なエピソードが
アメリカで多く生まれる理由のひとつが、
「もてなす立場を自然と経験した人が多いから」
なのかもしれない。
ボクもホームパーティーという場で
たくさんのコトを学びもしました。
そのことに関しては、
また機会があったらお話しましょう。

さて本論。

家の形を真似るレストラン。
ただその真似られる家は憧れの家。
つまり「邸宅」。
規模も一般的な家とは比べ物にならないほどに大きくて、
しつらえだって当然、立派。
けれど機能的な面はお城のような邸宅も、
郊外住宅地にある建売住宅も基本的に同じで、
例えばこんなしつらえです。



入り口の重たい扉をそっと開けます。
それは大抵、内側に開く。
お客様の到着を待ちかねている主人が開けて、
「ようこそ」と
お客様をスマートに招き入れられるように内側。
無理やり中に入ってこようとする不届き者を、
全体重をかけて侵入を食い止め易いように内側。
アメリカの一般家庭の
ほとんどすべてがそうであるように、
扉は店の中に向かって開いていきます。

中に入ると玄関ホール。
そこで食事をするのに必要のない
カバンや帽子を手渡します。
よくレストランで帽子をかぶったまま
食事をしている人がいるけれど、
もしもあなたの家に玄関先で
帽子を目深にかぶったまま脱ごうとしない輩がきたら、
追い返して中に絶対いれないでしょう?
帽子は屋外でかぶるもの。
シルクハットに限っては
晩餐会の場でかぶることが許されているけど、
それも女性の前では脱ぐのが礼儀。
つまりレストランで帽子を脱がぬ人がいたら、
帽子を脱いであらわにするのが恥ずかしい
頭の状態であるのだなぁ‥‥、と思えばいいかな(笑)。
寒い季節ならコートもわたす。
脱いだコートを出迎えてくれた人に差し出して、
もし受け取ってくれなかったとしたらばそれは
「あなたはウェルカムされない」という無言の抵抗。
予約をもしもしていたならば、
コートを脱ぐ前に予約の名前を伝えて
それで、出迎えた人にコートをスルッと脱がせてもらう。
もてなされ上手とはそういう手順からスタートします。

予約を入れずにお店にやってきたとしましょう。
身なりも抜群。
背筋もしゃんとしていて、
靴もピカピカで、コートの下には自慢のスーツ。
早くそれを見せびらかしたいとしても
ちょっと我慢をしましょう。
予約をしてはいないのですけど、
お席をご準備いただけますか? とまずは聞いてみる。
めでたく空席があればはじめて、クルンと体を翻し、
レセプショニストに背中をみせつつ
コートを脱ぐ仕草をします。
あらあら不思議。
コートの方から脱げていく。
つまり、レセプショニストが脱がせてくれる。
コートを自分で脱いでおきつつ、
「予約はしてない」「申し訳ない、席は無し」。
脱いだコートを再び羽織り、
肩を落として帰っていくなんて、
そんな恥ずかしいことはしたくなないもの。
あの人、いいスーツを着てたのにネ‥‥、
カワイソウって言われたくなければ順序を間違えず。

カバンを手渡しコートも脱いで、
そして案内されるのが「サロン」という場所。
お店によって、そこが英国の書斎風だったり、
イタリア風にバーがしつらえられていたりと
雰囲気がちょっとづつ違いはするけど、
食事をたのしむための心の準備をする場所。
家で言えばリビングルームのような
場所とでも言いますか。
食事をたのしむためにやってきた友人ではある。
けれど彼らに、いきなり
「それじゃぁ、食事でも」っていうのはあまりに不躾。
ゆっくり座って気のきいた会話を少々。
ちょっと軽くお酒でも飲んで
気持ちをほぐしましょう‥‥、
とそんな時間の次に食堂へ
さぁどうぞという手順をとるのがやはりスマート。

深海から水圧の異なる水面に向かうときに、
減圧室で体調を整えなくてはならないように、
サロンで食事をたのしむための準備を行う。
これから向かおうとする食卓が、
日常生活から遠くにあればあるほど気圧の差が激しくて、
つまりサロンでいる時間、
あるいはサロンのしつらえは大仰で
入念なものになっていく。
そこに香りがあるのです!




たいていそうしたサロンには暖炉がある。
一番目立つ真ん中の場所。
そこで薪が燃やされていて、
木が焦げる独特の香りがサロンを満たす。
パチッ、パチッと皮がはぜる音と一緒に火花があがり、
炎が揺れるところをみてると
ただそれだけでココロが穏やかになっていく。
それと同時に、お腹がなぜだか空いてくる。
プールサイド。
あるいは友人の家のバックヤードで
バーベキューの準備をしているときにやってくる、
薪が燃える匂いが鼻からやってきて、お腹を満たすと、
あぁ、今自分のお腹は空っぽなんだと
香りが教えてくれるのですネ。
あの炎の上に何かをおいたら
おいしいグリル料理ができるに違いない‥‥、とも。

素敵な食事の香りの先味。
それは料理がやってくるはるか前‥‥、
テーブルに案内される前にやってきてつかの間、
ボクらを惑わせて、お席の準備が出来ましたと、
ダイニングルームに案内される。
おいしい香りは遠くに消えて、
ボクらの鼻は一生懸命、次の香りのヒントを探る。

また来週に続きます。


2012-09-06-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN