ところで、バーでお酒をたのしめるようになるために、
どんな勉強をする必要があるのでしょう?
例えば、何種類くらいのお酒を
知っていればいいのでしょうか?

ボクはウィリアムに尋ねました。

ちなみにこのバーには
1000種類を越えるお酒をご用意してございますが‥‥、
と言って、ウィリアムは困ったように肩をすくめる。
ワタクシもそもそもその全部を知っているかというと、
いささか自信がございません。
ブルックスブラザーズに行って、
アナタにあったサイズの服を全部、着てみてから
お買い上げになるようなコトをされますか?
と、逆に質問されてなるほど。
服を買いに行くのにすべての服を知らなきゃ
買えないなんて思ってことは一度もなかった。

なにのための服がほしいのか。
いくらぐらいの服でいいのか。
そのふたつのコトを正しく伝えて、
自分がいちばん気に入っている服を着ていく。
あとはお店の人のお薦めを聞きつつ決めていけばいい。
お酒選びもそれに似ているのかもしれない。
そう思ったら気が楽になる。

飲みたいモノをすすめてもらうための、
ヒントになるお酒って
何種類くらい知っておけばいいのでしょう?
と、ボクらは質問を少々変えた。

ブルックスブラザーズ的にお話をするのが、
ジェントルメンにはお分かり頂きやすいようで。

最小限のワードローブを思い浮かべればいいのです。




まずとっておきのフォーマルウェア。
一着あれば季節を問わず大丈夫でしょう。
ビジネスウェアの夏物、冬物。
それからカジュアルウェアを春夏秋冬、
フォーシーズン分。
都合7種類の服が揃っていれば、
どんなときでもどんなところでも
不自由することはまずはない。
それとお酒はとても似ている。

贅沢なときをたのしむとっておきのお酒。
みなさまにはクルボアジェが
フォーマルウェアの代わりになりましょう。
フォーマルシューズやネクタイ、ドレスシャツと、
さまざまなモノを組み合わせ、シーンにあわせる。
氷やチェイサー、レモンや砂糖が
それらアクセサリーなどの役目を果たす。
ただ、フォーマルな装いはルールが厳しく、
その組み合わせは限られる‥‥、
いささか窮屈ではありますけれど、その頑固さこそが
フォーマルであることの証でございましょう。

折り目正しく几帳面で、個性的ではないけれど
人を不快にさせることのないよう仕立て上がっている、
ビジネスウェアのようなお酒。
春から夏にかけての明るい気持ちにピッタリなのは、
ワインやシェリー、ビールなどが挙げられますか。
秋から冬のシットリ落ち着いた感じのお酒と言えば、
スコッチ、ウィスキー。
遊び心を発揮せず、プロトコールに忠実なのが
ビジネスウェアのよい着こなしで、
それと同じくこれらのお酒はそのまま、
あるいはあまりアレンジせず味わうようにできている。

カジュアルウェアは自由です。
ウキウキするような春の気持ちをイメージさせる、
明るいお酒。
花や果物の香りのリキュール。
あるいはカンパリなどの、
華やかな色のお酒がピッタリきますでしょうか‥‥。
夏はガツンと情熱的な、例えばテキーラ。
ミント系の爽快感が漂うお酒もいいかもしれない。
少々切なく、感傷的な秋の気持ちを
なだめるお酒と言えば、
ジンやウォッカのようなスピリッツ。
冬はこってり濃厚で、体の芯からあたたまる
カカオリキュールのようなお酒がピッタリきそう。
カジュアルウェアがアクセサリーや
服同士の組み合わせ方で、
いろんな着方ができるように、
カジュアルなお酒も合わせるモノで
自由自在にたのしめる。
つまりカクテル。
驚くほどにバリエーションが豊かな
お酒の世界が広がっていて、
たのしくってしょうがなくなるに違いない。




もしまだお飲みになれるようであれば、
今の季節にふさわしいカクテルを
ひとつお作りしましょう。
いかがでしょうか? と。

季節は秋になったばかりの9月のはじめ。
ジンがおいしくなる季節です。
ちょうど手元にビターズがある。
コレを使って、ジンをおいしく味わうカクテルを
お作りしたくてしょうがない‥‥、と、
そういう彼の笑顔に応えぬ理由はボクらにありはせず。
お願いしますと言うボクに、エマが一言。

「ところでジンは、何をご用意いたしましょう?」

ウィリアムのユッタリとした南部訛りを真似てそういう。
ははは、一本とられましたな‥‥、
といいつつ彼はこう答えます。

クルボアジェがお好きであれば、
ジンはタンカレーがお好みかと存じますが‥‥、と。
そして深い緑のボトルを棚から取り出して、
小さなグラスにちょっとだけ。
テイスティングをなさいますか?
と、手渡すグラスをみんなでひと舐め。
回し飲む。
薬草くさき深い香りが口の中へと飛び込んできて、
それがユックリ、口に広がり風味を変える。
ハッカのような爽快感のある香りとか、
うがい薬のような刺激臭。
とっつきづらい香りではある。
けれどそれが時間が経つとおだやかになり、
甘みと豊かな緑の香りを残して消える。
味わい深く、ホッと溜息が自然とでてくる
確かに今の季節のお酒。

ちなみに、もしみなさまが
銘柄を指定せずにご注文されれば
こんなジンをご用意いたします。
と、彼は派手なラベルが貼られた透明な瓶をとりだし、
トクッと注ぐ。
舐めると、カーッと頭に向けて鋭い匂いと
アルコールの刺激臭が突き抜ける。
「バーバーショップでうがい薬を飲んだみたいだ」
と、ジャンがひとこと。
要はヘアートニックを飲んだみたいな、クセのある味。
クルボアジェの延長線上にあるのは最初のタンカレーで、
なるほど一つのお酒の縁で好みのお酒に知り合える。

それではタンカレージンで
作らせていただいてもよろしいですな。
そういい、彼は小さなグラスにビターズを注ぎ、
グルンとグラスを回しながらその内側に
まんべんなくビターズを塗りつける。
ここでタンカレージンの出番でございます。

‥‥、とそう言いながらウィリアムは
カウンターの上に出していた緑色のボトルを手に取り、
それをグラスに注ぐのかと思うまもなく、棚に戻した。
えぇっ!
どうしたの。
この日最後のサプライズ‥‥、その顛末はまた来週。


2012-06-28-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN