新米ニューヨーカーにとって、まず最大の問題は
「どこに住むか」というコトでした。

勤務先がどこになろうと、
マンハッタンという小さな島に住むのであれば
通勤するのにそれほど不便を感じることはない。
地下鉄にバス、それからタクシー。
場所によっては自転車買って、
それで通勤するのもいいかもなぁ‥‥、って。
それにより、日々の胃袋のコト。
新鮮な食材が揃ったスーパーマーケットや、
デリカテッセンが近所にあるコト。
ファストフードのお店よりも、カフェがあった方がいい。
夜遅くまでにぎわっていて、
車よりも歩く人の方が大きな顔をできる街。

大体、エリア的には決まってた。
けれどすぐには決まるまい。
小さくてもいい。
けれどキッチンだけは大きな部屋がいいんだよネ‥‥、
と部屋に対する要望を、友人に言うと
そんな部屋ならボクが住みたいとみんなが呆れる。
しかもこなれた家賃じゃなくちゃ‥‥。

それでまずは一時期過ごすための場所だけ確保した。
サービス付きのアパートメント。
1ヶ月単位で借りることができる
ホテルとアパートの間のような小さな部屋。
ベッドルームとリビングルームに分かれてはいて
生活するのに決して不便ではなかったけれど、
残念ながら厨房がない。
お湯を沸かせる程度のコンロと、
電子レンジにサービスシンク。
買ってきた料理を温めるくらいはできるけど、
本格的に料理を作ることはできない。
これも1ヶ月の辛抱だからと‥‥。
それに新しい自分の街で、
ステキなお店をみつけるチャンス。
自炊できなけりゃ、外食するしかないのですから(笑)。





当時、日本で発刊される若者向けの雑誌はほとんど、
アメリカ熱にうなされていて
ロサンゼルスやサンフランシスコの街情報には
事欠かなかった。
特に、ニューヨークのレストランのコトに関する記事は、
毎週のようにどこかの雑誌に掲載されてて、
すでにボクには行きたいお店が20軒ほど。
そのほとんどが、
「ニューヨーカーにもう何十年も愛されてきた」
的なる名店。
予約の都合で、訪問者としては
なかなか利用する機会がないであろうお店ばかりで、
それも今はボクも住人。
仕事が本格的にはじまるのには、まだ少々の猶予があって、
つまり今はニューヨークという場所に馴染むための
慣らし運転期間のようなモノであります。
時間はタップリ用意されてる。

気になるお店に次々、予約の電話を入れます。
「サカキといいます、今週のランチで
 お席をご用意いただける日はありますか?」
丁寧に。
日にち指定ではなく、あなたのお店の都合にあわせて‥‥、
という、つまり「お願い」。
あなたのお店で食事をしたくてしかたないのですという、
気持ちが伝わる電話のはず。
「レット・ミー・シー」
と少々、考えるような間の後に、
「何名様でらっしゃいますか?」と。
ワタクシひとりです、とそう答えると
これが判で捺したように
「お一人さまでらっしゃいますか‥‥」と。
声のトーンが明らかに
「ノットウェルカム」なムードに変わる。
2軒に1軒の割合で、
お一人さまのご対応はしかねますのでと断られ、
残りの半分ほどのレストランは
まずはお越しいただけますか‥‥、と。

例えば最初のお店はこうでした。






フランス料理界を代表する料理人が
腕を奮っているという店。
その格式にふさわしいであろう、
落ち着いたジャケットにシャツにネクタイ。
キチッと磨いた靴を履き、
おだやかな笑顔を共にお店の前にシャキッと立ちます。
そして一言。
「予約をしております、サカキですが」と。
ギーっと重たいドアがあき、
招き入れられるお店のどこも驚くほどに高い天井。
フランス語訛りの英語をしゃべる
豪華な鷲鼻とそこに白い髭を蓄えた長身の案内係が
ボクをそっと招き入れます。
そしていかにも申し訳なさそうな顔をしながら、
本日、ご用意できるテーブルは
残念ながらあちらのテーブルになるのですけど、
よろしゅうございますでしょうか? と。
見れば厨房脇の柱の陰にちょこんと置かれた、
小さなテーブル。
給仕係の目が届かない、
つまり「良いサービスは期待しないでちょうだいネ」
って感じの嫌なテーブルだった。
果たしてそこをもらって食事をはじめると、
サービスが行き届かないどころか
給仕係がみんなひとりのボクに気を使う。
料理だってどのテーブルより優先的に、
スピーディーにやってくる。
ひとりの食事が寂しくないよう、
気配りすらを感じるステキで、けれどなるほど。
ボクの座ったそのテーブルは、給仕係にはみえてても、
他のお客様からあまり見えない場所にある。
つまりそのとき、ボクはそこにいなかったことに
なっていたのでありますネ。

次のお店は、草を食べて育った牛の
一番おいしいところだけ、炭で焼いて召し上がれ
というステーキハウスで、
そこはちょっとカジュアルスタイル。
とはいえ英国訛りの給仕長から、
このテーブルしかご用意できない、
と言われて座ったテーブルはやはり目立たぬ場所にある。
しかもその店。
なかなかサービスがはじまらない。
サービススタッフの間の連絡が
上手くとれていなかったのでしょう。
ボクの連れがやってくるのを給仕係が待っていた。
ボクはひとりで、だから注文とってください‥‥、
と言ってはじめてサービスがはじまるという、
ちょっとさみしい状況だった。

そのあと2軒ほどのお店をひとりで訪ねて、
ボクはひとりでそうした高級で
格式のあるお店に行くことをあきらめちゃった。
だってたのしくないんだもの。
そしてそのことを、その週末にニューヨークにいる
友人たちとの食事の場所で、打ち明けたのです。

「ニューヨークの人って
 ひとりで食事をどこでしてるの?」って。






彼等は言います。
コーヒーショップかバーだねぇ‥‥。
あるいはファストフードかデリ。
だって、おいしく手間のかかった食事をするのに、
それにふさわしいたのしい会話や仲間がいなくちゃ
勿体無いじゃない。
高級な店に料理だけを食べに行くのって、料理評論家か
よっぽどグルメを気取った変人くらいじゃない?

あぁ、そうなんだ、とボクは思った。
アメリカというこの国には、
贅沢な料理をひとりで食べる習慣がない。
だからそうしたお店もないんだ。
日本にいると、寿司屋だとか、天ぷらの店は
ひとりで入ってもまるでおかしくないお店。
むしろ寿司屋にひとりで入って、
寿司をつまんでお店の人と
話をひとこと、ふたことかわして帰っていくのは
とても粋なコト。
文化の違いってオモシロイなぁ‥‥、
って思うと同時に閃いた。

そうか、アメリカで寿司屋のコトを寿司バーという。
彼等にとって、ひとりで食事をしながら
お店の人と会話を自然に交わせる店は「バー」。
だから日本の寿司屋みたいなお店。
寿司レストランじゃなくって、
寿司バーって呼んだ方がしっくりくるに違いない。
いいえて妙なネーミングなんだと思って、
ひとりで悦に入りはした。

「ところで最近、このニューヨークで
 オモシロいレストランってどんなお店があるのかなぁ?」

そう聞くボクに、そこにいたみんなが同時にこう答えます。

「誰に、オモシロいって言ってもらうお店なの?」って。

ニューヨーカーへの道は険しくまだまだ遠い、
とはいえたのしい道のりです。



2011-12-01-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN