サービスの良いランチを提供するための秘策。
それをご披露する前に、
まずそもそもサービスが良いとは
どういうことを言うのかを、
ちょっと考えてみましょうか。

ボクは「サービスの基本とはお客様に近づくコトだ」
と思っています。
例えばセルフサービスのファストフードでは、
お店のスタッフとお客様はカウンターで隔てられている。
あのカウンターは
「必要以上のサービスを期待するな」というメッセージ。
カウンターの向こう側にいる従業員は、
お金を受け取り注文をした商品を手渡すこと以外、
基本的にいたしませんぞ‥‥、
という確固たる決意すらを感じるしつらえ。
そんなお店で食事を終えて、
食べたものを片付けようと立ち上がったとしませんか。
たまたまお店の人がカウンターの外に出てきて、
汚れたテーブルをキレイにしていた。
その人が、ボクに近づいてきて、
片付けますのでそのままでいいですよ‥‥、
ってボクの手からトレーを受け取る。
これがサービス。

セルフサービスではない
テーブルサービスのレストランでは、
もっと頻繁に、そして自然に
スタッフたちはお客様に近づいていく。
メニューを手渡し、注文を聞き、
料理を届けてお酒を注ぐ。
すべてのサービスは
お客様に近づくことからはじまるのです。
いいお客様は、レストランのスタッフが
近づきたくなる寛容さと、
笑顔とそしてヒントを示してくれる人。
いいスタッフは、必要とされぬ限り
お客様にむやみやたらと近づかぬ人。

そして最高のサービスを提供できる人は、
お客様のココロに近づくことができる人。





カリフォルニアのサンフランシスコの郊外。
ソノマカウンティーに
ワインと料理の好きな人たちに有名なホテルがあって、
何よりスパプログラムがすばらしいので評判だった。
ビジネストリップでなく、
ただただ気持ちをリフレッシュさせるために
いつか行きたいなぁ‥‥、と密かに思ってた。
そこに偶然、母のお友達という人が、
泊まって相当、感動したというのです。
あなたも行ってらっしゃいよ‥‥、と勧められて
一人で行くのはさみしいから、
一緒にいかない? と母が言う。
たまたま当時、
アメリカでしていた大きな仕事がそろそろ完成。
それじゃぁ、ついでに付き合うよと
親子旅行をすることになる。

今のようにインターネットで
意思の疎通が時間と空間を越えていくような
時代じゃなかった。
だから手紙で。
母のとても無邪気で贅沢な希望を
ホテルに伝えることにしたのです。

日本からアメリカに行く最大の目的は
あなたのホテルの泊まるコト。
せっかくだからおいしいモノを
お腹いっぱい食べたいコト。
でも太りたくない。
できることなら10才くらい若返りたい。
そんなあれこれを手紙に書いて送ったら、
返事がきました。
このチャーミングなおかぁ様の写真を
一枚、お送りください。
おかぁ様らしい写真を一枚。
それをみながらホテルのみんなで、
どんなサービスをしてさしあげるのか考えながら
準備をさせていただきたいのです‥‥、と。

旅の準備に忙しく、
それでボクはホテルの宛名を書いた封筒を母にわたして、
かぁさんらしい写真を一枚、
コレにいれて送っておいて。
エアーメイルのスペシャルデリバリーで
よろしくネ‥‥、って。
そうしてボクらは旅の空。
サンフランシスコから電車と車を乗り継いで、
ホテルに到着したのが夕方4時くらいのこと。
母はまず長い空旅で乾燥をした肌のトリートメントをと、
早速、スパに消えていく。
それが終われば食事という2時間ほどをぼんやりボクは、
部屋のお風呂に入ってすごす。

いいホテルだとはきいていたけど、
ボクらの部屋は思ってた以上に良くて、
だって大きなリビングルームを挟んで
ベッドルームが2つある、つまりスイート。
普通にシングルルームを2つとお願いしてたはずなのに、
おそらくラッキーアップグレードなんだろうなぁ‥‥、
ってぼんやり思った。
プルプル肌で、
5才は若返って見える姿で戻ってきた母をエスコートして
メインダイニングで食事をはじめる。

好き嫌いを伝えてあった、料理はどれも口にあうモノ。
体を、中からうつくしく‥‥、がテーマの料理で、
だから油も調味料もとても控えめ。
素材の持ち味がいかされた、
なるほどこの料理を食べるために
ワザワザ旅する人がいるのもうなずける、
と感心させられる料理ばかりでありました。
けれどなぜだか不思議なことに、
すべての料理が大きな皿に盛り込まれてて、
シェアするようにサーブされてる。
他のテーブルの人達は決してそんなコトはなく、
一人一皿。
ボクらのテーブルだけがとりわけ。
とりわけにくい料理は
ウェイターが見事な手際で目の前で、
キレイにとりわけ、一皿づつにしてくれる。
とりわけやすい料理はそのまま。
どうぞ自由に召し上がれ‥‥、というコトなのだけど
オモシロイことに、母の手前にお皿があったり、
ボクの手前に置かれたり。
料理によって大きなお皿が置かれる場所が微妙に違う。
見目麗しい一口大の前菜や、野菜の料理は母寄りで、
自然と母がボクのお皿によそってくれる。
力を要する肉のようなモノは逆にボクの前。
だからボクが母のを切り分け‥‥、というコトになる。
ワタシはそれは少なめでネ‥‥、
なんて母の注文うけつつ取り分けてると、
とても仲良い親子に見えたのでありましょう。
周りに座って見ていた他のゲストから、
ニッコリされたり、
どこから来たの? と話しかけられたり。
気づけばボクらのテーブルが、
その日のそこのメインのテーブルに
なっていたのでありました。




どんな写真を送ったの?
母に聞きます。
あら、秘密。
なんならお店の人に言って、
見せてもらえばいいじゃない。

お店の人に聞きました。
あなたはご覧になってないのですか?
と怪訝げにきくウェイター。
ワタシが内緒で送った写真が、
息子は気になって
しょうがないみたいなんですのよ‥‥、
って母はいたずらっぽく言って笑った。
それならば。
シェフもご挨拶したいと言っておりますので、
こちらへどうぞ、とボクらはキッチンに招待された。
ホテルのキッチンは大きくて、
中でもシェフのオフィスは立派で
厨房のいろんな場所で出来上がる料理が集まり、
お客様に出される最後のチェックをするべき場所の
近くに用意されてた。
そこの壁。
厨房のスタッフならず
料理を運ぶスタッフのひとりひとりが
必ず通る場所に母の写真があった。
母の写真というよりそれは、母とボクが映った写真。
一緒に行った海外旅行で
一緒に写してもらった写真ばかりが全部で10枚ほども。
それがキレイにピンナップされてて
なんだか、ボクはちょっと恥ずかしかった。

一枚だって言ったのに。
そういうボクに、ワタシらしい写真がありすぎて、
一枚なんかじゃ済まなかったの、ごめんなさいねって。
ニコニコしながら母が答える。
シェフが近づきやってきて、
大きな手を出し握手を求める。
「素晴らしい料理をどうもありがとう」
というボクの横で、母がこう言いました。

ワタシが食べたい料理を、
ワタシが息子に食べさせたいように
作ってくれてありがとう!

そうして母はシェフに向かって拍手をはじめ、
母の拍手はキッチンみんなの拍手を誘った。
母の気持ちが彼らのココロに届いた結果の、彼らの料理。
それが今度は、母のココロの中に届いて、
その日の料理は忘れられぬ料理になった。
こんなに仲良く、ニコニコ、とてもシアワセな顔で
一緒に写真の中におさまる二人を
たのしませようと思った結果、
今日の料理になったんですよ‥‥、と。
そう言われたのがとてもうれしく、
ボクらの部屋が予想以上に良い部屋だった理由も
母が送った写真のおかげだったと後で知る。

さて飲食店でのサービスです。
ココロにとどくサービスをしてさしあげるキッカケは、
一体、何か?
何度も何度もココロのドアを叩くこと。
ただそれだけがなすべきコトで、できるコト。
来週、詳しく説明しましょう‥‥、ごきげんよう。



2011-07-07-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN