おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(四冊目のノート)

大きくすればつぶれてしまう可能性が高くなる、
外食産業というこの産業。

ならば大きくしなきゃいいじゃないの‥‥、
ってそう思うかもしれません。
確かに一店舗だけを、一生懸命、
何十年も何世代もにわたって守り続けている
老舗店ってたくさんあります。
できればそうしたお店を
ずっと経営し続けることができれば、シアワセだろう。
って、実はほとんどの経営者がそうおもっているのです。
でも、やむをえずお店を増やさなくてはならなくなる。

一軒のお店を守るだけで払える給料の分量。
実はあまり変わることはない。
飲食店が開店をして、
売り上げを伸ばし続けることができるのは
せいぜい最初の5、6年間だ、と言われます。
珍しさで売り上げを伸ばせる最初の2、3年。
そのあと、おなじみのお客様が着実に増えることで、
5年間ほど売り上げが伸びてくる。

ただ、それ以上の売り上げを
ずっと作り続けることができるか?
というと、そうじゃない。
飲食店は、客席以上に売上高をあげることが
むつかしい商売です。
一生懸命、がんばる。
繁盛店になる。
いつも満席になる。
すると、それ以上の売り上げがとれなくなるという
なやましい商売でもあるのです。

予約がとれないので有名なイタリアンレストラン。
オーナーシェフのお店です。
もうここ15年間。
ずっと、満席。
昼は2回転。
夜も2回満席になるという超繁盛店で、
でも実は、そのオーナーシェフは
数年前に店をしめてしまおうか? って
思ったことがあるという。
理由はどんどん儲からなくなってくるから。

家賃があがる。
食材費も上がってしまう。
そして何より、一緒に働いている人たちの技術や働き。
あるいは生活のことを考えると、
人件費がどんどんあがってしまう。
経費の増加分をなんとかまかなおうとすると、
客単価を上げるしかなくなってくる。
だって、ずっと満席の状態ではこれ以上、
お客様の数を増やすことはできないのですから、
一人ひとりのお客様からちょっとでも多くの御代を
頂戴することで、増えた経費をまかなうことが必要となる。

‥‥、のですが、彼はそれをしたくなかった。
今の値段で喜んでいただく、
ということが自分の店の特徴で、
値段を上げるということは、
お客様の期待を裏切るということに他ならないから。
なら、しょうがない。
お店を閉めるほかないんだなぁ‥‥、
って思ったんだよ、とそういいます。

悩んで悩んで、彼は従業員に打ち明けます。

お店のスタッフ。
当然、ビックリ。
でも、いつもやさしく自分たちのことを考えてくれる
シェフの決断。
なにより、お客様を裏切ることはできないから、
というとても正直で切実なその理由に、
しょうがないかなぁ‥‥、って。
そう、みんなが覚悟したとき。
そのお店のナンバー2の社員がポツリとこういいました。

シェフが覚悟したんならしょうがないでしょう。
みんなも、それぞれあたらしいところでがんばろうヨ。
でもね。
今度、子供が生まれることになったんですよ。
その子を、シェフに見てもらえなくなる、と思うと、
それが一番、寂しいですね。

その一言に、シェフはお店をやめることをあきらめた。
お客様の期待を裏切ることもできないけれど、
一緒に働いている人たちの夢を裏切るわけにもいかない。
社員の人生。
スタッフの生活のためにも
もうひとがんばりしなくちゃなぁ‥‥、って。

それで彼は二号店を出すことを決意した。

お客様の満足に責任がもてなくなるから、
絶対に支店をださないといっていた、
そのポリシーを自ら捨てて、それで二号店を彼は作った。
誰のためにか、って、一緒に働いてくれた人のため。

業界の人たちはいろいろ、この件に関して言いました。
彼は調理人であることをやめて、
ビジネスマンになっちゃった。
料理の味も落ちたよねぇ‥‥、
なんていう人さえもでてきました。
でも気にしません。
二つのお店のそれぞれに、
店長と調理長がはたらいていて、
オーナーシェフだった彼は二つの店の間を行ったりきたり。
厨房の中で料理の状態をチェックしたり、
客席にでて、お客様に挨拶をしてまわったり。
本をだしたり、テレビに出たりと、
レストラン以外で活躍する機会も増えました。

レストランで働いている人をシアワセにするために、
自分の給料は自分で稼がなくちゃ
調理長や店長に申し訳ないからネ。
‥‥、とそういいながら、一生懸命、がんばっている。

実は、こういうボクも、
あまりにいろんな場所で活躍をするこのシェフに対して、
ちょっとした不信感を覚えていた人、でありました。
やはりお店が増えると、味が変わってしまうんだなぁ‥‥、
とそう思ったことも当然、ありました。
でも、この話をシェフから聞いて、
世の中には難しい選択肢をあえて選ぶ人がいるんだなぁ、
って思った。
自分のためにでなく、人のために。

そういえば、ボクのコンサルタントの仕事の中で、
一番尊い仕事といえば、親子で一生懸命がんばってきた
俗に「パパママストア」とよばれる小さな店が、
息子さんのために新たに一店、支店を作ろう。
その決心を形にしてさしあげることだった。

新たな支店に昔のおなじみのお客さんがやってきて、
そこの主人が一番、堪えるひとことが
「味が変わった?」という一言だ。
そんなことも思い出した。

味は変わる。
けど、味が落ちることがなければそれでいいんだよ。
そのオーナーシェフはこういい放ち、
そうでなくっちゃ飲食店なんてやってられない。
それも真実なのでありましょう。

 
2007-11-01-THU