おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(四冊目のノート)

商売としてはふるい飲食店。
しかし、産業としての歴史はまだまだ短い。
きっかけは1970年代のコトですから、
まだ30年ちょっとの歴史しかもたないのが
日本の外食産業なのですね。

古い文化の上に、新しいシステムがのっかった、
あまり他に類を見ない産業。
日本のみならず、近代的なレストランビジネスというものを
そう説明することができるのじゃないか、と思います。

今、日本の外食産業の経営者の人たちのほとんどが、
1970年の後半から80年代の初めに創業をしています。
そのとき30歳くらいで会社を興した人がほとんど。
すると、今、その人たちは50後半から60代。
まだまだ現役。
自信満々で自分の会社の経営をたのしんでいる、
という状況でしょう。

つまり。

日本の外食産業はいまだ本格的な
事業継承を経験していない産業でもあるのです。

江戸時代から代々続く老舗飲食店というのはあります。
そこまで長い歴史をもたなくとも、
おじいちゃんの代からこの町でずっとやってる
家族経営の繁盛店というのは、日本全国、
いろんな街に必ずあります。
あるいは、暖簾分けという形で、同じ屋号の、
でも経営者がそれぞれ異なるチェーン店のようにみえる
お店もたくさんあります。
たとえば、そば屋。
たとえば、てんぷら屋さんであるとかといった、
老舗系の専門店には案外、
そうやって店を増やし続けてきた例はかなりある。

でも、しかし。

家業ではなく。
従業員をたくさんつかって、
組織ぐるみでお客様に喜んでいただく
チームワークで運営されるレストラン。
支店があって、会社組織になっている。
つまり飲食業的ではなくて、外食産業的な飲食店。
そんな会社としての飲食店が、
代替わりをしたという成功例はまだまだ少ない。
経験がない、ということは、どのようにすれば
確実に事業継承ができるか、
というノウハウや知識がない、ということでもあるのです。

飲食店は人の産業です。
しかも、その人がお客様と一体となって作り出す
雰囲気や付加価値をたのしむ場所を提供している商売です。
工場を引き継げばすむメーカーの事業継承とは違います。
売り場と、そこで働く人の士気を引き継げば
なんとかなる小売店の事業継承とも違うでしょう。
ムード。
イメージ。
無形の価値とお客様からの人気までも
一緒に受け継がなくては、
本当の代替わりとはいえぬ外食産業の事業継承。
大変です。

そもそも料理というもの自体が、
「芸術と科学が融合」したもの。
レシピを書いて、仕組みを作れば
それでお客様が満足する料理を
作り続けることができるとは限らない。
どんなに科学的にさまざまな準備を行ったとしても、
最後に調理の手を下すのは人ですから、
商品の出来上がりがブレて当然。
どこまでのブレを認めることができるのか、
ということはトップが決める。
おいしいというとても主観的な判断も、トップが決める。
レストランというところの料理は、
基本的にはトップが好きな料理になってゆくのです。

だからトップがかわると、知らず知らずにお店は変わる。
でもすべてのお客様が、変化を望んでいるか、
というとそうでもなくて、
だから時代の変化にただしくあわせて
変わることができれば、よい代替わりができるのです。
家元であると同時に、ビジネスマンであるという、
外食産業のトップの交代。
一筋縄でゆくものではない。
でも、時代にあわせた生まれ変わりの
チャンスでもあるのです。

この生まれ変わりのチャンスを生かすことができなかった、
ある悲劇的な老舗チェーン店の話をしましょう。

今から20年近くも前のコト。
関西出身の比較的、名の通った老舗レストランのお話です。

5代続いた大店で、しかも5代つづいて
女性しか生まれぬ家系。
だから代々、養子さんをむかえて
代をつないでいた会社でした。

昔の日本。
たとえば江戸時代のような昔のこと。
日本の商家は直系ではなく、
娘に婿をとることで事業継承をするのが
決して特別ではありませんでした。
血のつながりよりも、能力主義によってその時々に
最適な跡継ぎをみずから選ぶことができるシステム。
しかし同時に、その家ならではの
情緒的な部分を受け継いでもらうための工夫であった、
と言われています。

おそらく、この日本の昔の知恵に知らず知らずそいながら
続いてきた大店(おおだな)。
そこに男の子がうまれること、となりました。
6代目にして念願の跡取り息子、誕生、であります。

会社中がわいた、といいます。
なにより経営者一族にとってのよろこびはこの上もないもので、
すばらしい会社をその子のために残してやろう。
会社をあげて事業展開をスタートしました。

が‥‥。

実はそのことが、ある悲劇の引き金であった。
とてもなやましい。
でも、外食産業の経営者すべてが陥ってもおかしくはない
厳しい物語のスタートです。

 
2007-10-11-THU