おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(四冊目のノート)

そうした「いつも」を繰り返して、
何回目くらいのことだったでしょう。
毎週1回くらい通って、
3ヶ月はかからなかったように記憶します。

お店に入る。
テーブルにつく。
メニューを渡され、それを開いて、
さて何を飲みましょうか? と思った瞬間、
サービススタッフがこうボクにいう。

コーヒー、お持ち、いたしましょうか?

ボクは何気なく、ああ、お願いします、って答えました。
彼女は急いでコーヒーステーションに体を動かす。
その彼女の後姿をみて、あれっ、
彼女あたらしいスタッフだよな、って思いました。
今まで見たことのないスタッフで、
少なくともボクをサービスしたことのなかった人。
だから、ボク。
氷を1個、浮かべてくださいネ‥‥、
とそう付け加えようとしたのです。
が。
時すでに遅しでした。
彼女はキビキビ、サービスステーションの中に入って、
作業をする。
そしてカップを片手に、笑顔でこちらに戻ってきて、
お待たせしました、って、
それをそっと、テーブルに置く。
みれば溶けそうで、
溶けぬようにユラユラ揺れる氷が一個。
いつものボクの、いつものコーヒー。

ボクはびっくり。
あっけにとられて、彼女を見上げてポカァンとしました。

彼女がニコッ。

「いつものコーヒー、お持ちしました」。

びっくりついでに、聞きました。
初めてですよねぇ?
あなたのサービスをボクが受けるの。
なのにどうして、
ボクがいつもたのむコーヒーのことを知ってるんです?
ビックリしました。

そういうボクに、彼女は満面の笑みでこう答えます。

店長が教えてくれたんです。
お客様が来店される様子をみてた店長が、
氷入りコーヒーがお好きなお客様がやってきた‥‥、って。
ああ、この方なんだって、それでこうして用意したんです。
喜んでいただければと思ったんです。

そういう彼女の、視線の先をたどってみる。
入り口近く。
レジの中。
そこには見慣れた店長がいて、ペコン、と、
お辞儀で挨拶をする。

なるほど。
そういうことでありましたか。
ボクは知らず知らずと、有名人であったのですね‥‥、
そのお店では。

この日をきっかけに、
ボクはそのお店の店長さんと懇意になった。
お店で会うと、一言二言、会話を交わす。
あるいは、シフトに入っていないとき、
お店のお客様として二人でそのレストランで食事をしたり。
つまり、友達のような関係になることが出来たのですね。
そうして、彼からいろんなおもしろい話を聞いた。

たとえば。

ボクはしってかしらずか、
ものすごく得するリクエストを実はしていた。
‥‥、というんですね。

熱々のコーヒーに氷を浮かべろ。
そんなへんてこりんなオーダーに、
最初は嫌なコトを言うお客さんだなぁ‥‥、
って思ってたんです。
ほら、また変な注文するヨ‥‥、あの、お客さんって。
でも、それ以上にワタシたちは緊張しました。
だって、せっかく氷を浮かべても、
それがお客様の手元に届いたときに、
まだその氷が残っていなかったとしたら。
ただのぬるいコーヒーをカップに注いだだけなんじゃないか?
って、そんな具合に思われるのだけはいやだなぁ、って。
だから、注文を受けたら真っ先に対応してました。
作ったら、なるべく速く持っていこうって、
自然と早足になってたんですヨ。
プロ魂‥‥、ってやつですかね!

って、笑いながら言う。

最優先のお客様。
あるいは、最優先にもっていくべき商品というのが
どんなレストランにもしっかりあって、
それをボクは自分でしらずに作っていた。
ということですね。
ビックリした。

そういえば。

ボクのコーヒーだけ、お替りのときにも
いつも新しいカップで持ってきてくれましたよねぇ?

そう、最近、ちょっと気になっていたことを
店長さんに聞いてみた。

ええ、そうですよ。
だって、コーヒーのフラスクをもってきて、
お替りを注いで差し上げても、
氷を浮かべてってオーダーされたら、
二度手間になりますからね。
それなら最初から、新しいカップにコーヒー入れて、
氷浮かべて持ってきた方が簡単ですから。

なるほど、だから、ボクのカップだけはいつも新品。
特別扱いしてもらっていたのでありました。

ごめんなさいね。
面倒な客だったでしょう‥‥?
とそういうボクをさえぎって、
いえいえ、サカキさんだけじゃないんです。
たのしい面倒をワタシたちにさせてくれる、
すてきで愉快なお客様。
こんなお客様だっていらっしゃるんです。
そう、彼は話を続けるのでありました。

 
2007-09-06-THU