おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(四冊目のノート)
国、国で食習慣は異なります。
外食のおきて。
あるいは、外食におけるシステムも、
国によって大きく異なる。
日本での当たり前は、
アメリカでの当たり前でないことがたくさんあって、
その違い、その文化的な相違に直面しながら、
あたらしい習慣を身につける。
おいしい人生の幅が広がる瞬間であったりするのであります。

同じ国。
同じ地域であっても、
世代が違うと食習慣がちがったりする。
これまた現実。

昔、当たり前だった食べ方が
今となってはまるで非常識であるようなこと。
たくさん、ワタシたちのまわりにあります。
たとえば、家族みんながキッチンの横で
同じテーブルを囲んで食事をすること。
今となっては当たり前のコト。
ところが昔はそうじゃなかったんですね。

ボクのおばあさまが住んでいた家。
田舎の旧家で、台所は母屋の隣の小さな小屋の中にあった。
水周り。
あるいは、火を使う機能が
そこにはギシッと詰め込まれてて、床は土間。
だからそこで調理をする、ということは
すなわち下駄やつっかけをはき、二段ほど床をおりる、
ということを意味してました。
何度か行くうちに、薪をくべていたおくどさんが
ガスコンロに変わったり、
井戸の横に水道の蛇口がすえられたり、
と徐々に近代的になってはいった。
けれど、食事をする広間と、
台所の間には物理的以上に、
心理的な隔たりがありつづけたように、記憶します。

食事の準備が出来ましたヨ‥‥。

と、ボクらは呼ばれ、広間に行くと
テーブルの周りをオトコが囲む。
横に小さなテーブルがあり、
子供たちはそこに座って料理をつつく。
女の人たちはというと、台所で料理を作って、
出来たものから配膳をする。
ボクらは食べる。
彼女たちは作って並べる。
という、役割分担がはっきりしてた。

電子レンジなんかない時代です。
冷凍食品だとか、
便利なレトルト食品だとかがあったワケじゃありません。
そこにあるのは正真正銘、
獲れたて、採れたての素材ばかりで、
そこで出来上がるのは作りたての料理ばかり。
だから、食事のはじまりは、
いつも食べる人と作る人が別々にいて、
別々の場所で別々のことをするのが当然。
だれもそれが不思議なことだ‥‥、
とは思ってなかった。

今日の料理がほとんど出来て、
オトコの人たちのお酒もたりてそろそろ、
〆のご飯にしようかなぁ‥‥、
というころあいで、台所から女の人たちがやってくる。
汗、ぬぐいながら、前掛けで手をぬぐいつつ。
子供たちを、もう、終わったでしょう。
あっちにいって、遊んでなさい。
と、追い払うように食卓につき、てきぱき、パクパク。
見る見るうちにボクら子供がのこしたおかずを、
キレイに片付けおなかの中におさめてゆく。
ずっと前から食べ始めてる、オトコの人たちは
まだゆっくりをお鉢の端をつっついている。


だからボクは小さい頃、
ずっとオトコの人は遅喰いで、
女の人は早喰いなんだ、って思ってた。
女の人って食事をたのしめなくって損じゃない?
‥‥、そうおばあさんに聞いたことがある。

そしたらおばあさま‥‥、こう答えた。

男の人は食べるたのしみしかしらないの。
私たちは、作る楽しみと食べる楽しみ両方をしっていて、
だから急いで食べても決して哀しくなんかないんだヨ。

ボクのいとこ。
年の離れた女いとこでありましたけど、
彼女が最初は子供のボクらと一緒に
テーブルをかこんでご飯を食べていた。
ある夏、おばあさまの家に集まって、
みると彼女は厨房の中で大人の女性にまじって
ボクらのご飯を作る立場になっていた。

一足先に大人になった、
去年までとは違った彼女がなんだかまぶしくて。
せわしなそうに、料理を運び、
そして最後にテキパキ、いそいでご飯を食べる。
お茶碗にお茶をそそいでサラサラ食べる、
ああ、なんておいしそうなんだろう‥‥、
ってとてもうらやましく思ったことを思い出す。

たった40年と少々前の、日本の田舎のコトであります。
隔世の感。


ボクが小学校に上がる直前くらいからでしょう。
ダイニングキッチンという場所が
日本の一般住宅にやってきた。
ビックリしました。
料理を作る場所と食べるところが
一部屋の中にシームレスにつながっている。
アメリカのホームドラマ。
たとえば奥様は魔女なんかをみていると、
ママが作った料理をボクがテーブルに運んで、
パパがお皿とフォークを並べてる。
そして家族みんなが食事前のお祈りをして、
いただきますとみんな一緒に食事をはじめる。
そんな晩ご飯の光景が、ボクの家にもやってきた。
文明開化‥‥、でありました。

今となっては当たり前。
作る人と食べる人が同じ場所で、
同じ時間を共有するというしあわせ。
それが日本にやってきたのです。
考えてみれば昔の日本の飲食店とお客様の関係といえば、
作る人と食べる人。
あるいはサービスをする人と受ける人の間には、
目に見えぬ壁があって、
ひとつに混じり合うことはあまりなかった。
けれど、今の日本のお客様とお店の人が
渾然一体となって作り出す、
その雰囲気をたのしみましょうという
レストランのすてきな文化。
もしかしたら、ダイニングキッチンという
20世紀後半にボクらが出会った、
新しい住宅のスタイルが作ってくれた
文化なのかもしれないなぁ‥‥。
なんて具合に思ったりしたのでありました。
 
2007-06-28-THU