おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(四冊目のノート)

メニューにのることのない特別なメニュー。
紙に書かれたメニューブックが用意されている
レストランでも、しばしば存在するモノ、です。

実は、こうした特別料理。
メニューにのっていない、のではなくて、
メニューにのせることができないのだ。
ということ。
ちょっと、説明してみましょう。

特別な料理はたいてい、特別な食材から出来上がる。
手に入りにくいもの。
あるいは、季節の素材で、一年のうちでもほんの一瞬、
しかもほんの少量しか手に入らないものを使った料理。
当然、高価なモノになってしまいます。

高級で贅沢だけを売り物にしたお店であれば、
その仕入価格をそのまま販売単価に反映させればよい。
つまり、特別料理は特別な値段の料理だ‥‥、
と居直ればよいコトになります。
たとえば、ほとんどの料理が3000円前後で
メニューにおかれているのに、
特別料理だけが一皿1万円‥‥、なんて値付けをする。
ちょっと馬鹿げたコトがおこったりする‥‥、
のでありますネ。
損をしない商売の仕方とは、そういうモノ。
損をする気のないレストランには、
隠しメニューなんて必要がない。

ただ、ココロやさしい控え目で正直なレストランは、
そんな値付けをすることができないんですネ。
3000円の値ごろ感を期待していらっしゃるお客様には、
せいぜい、4000円から5000円くらいの
出費をおねだりすることしかできない。
そう考えるのが自然な商売。
結果、損はしないまでも、
利益のでない料理を作らなくちゃいけなくなっちゃう。
それでもその季節のおいしいものを、
いつものお客様に感謝の気持ちで食べさせてさしあげたい。
そんなサービス精神で、儲からない料理をせっせと作る。
そんな料理が、隠しメニューとなるのです。

あるいは食材そのものが少量しか手に入らなくって、
作れる数に限界があるから‥‥。
ということもある。

大量仕入れで安くなる。
商売の常識のように思われているコトですが、
でもこの考えは、工業製品のようなモノでしか通用しない。
農産物のように収穫量が一定でなく、
しかも天候や季節によって
それが左右されるような原料は、
大量に仕入れようとすると
逆にそのため、仕入値が高くなっちゃう、
ということがあるのです。
しかも、高価な食材であればあるほど、
作り残して無駄をしたくない。
すると、どんどん、仕入量は少なめに。
使いきれる自信があるだけ仕入れよう‥‥、
ということになる。
ますます、すべてのお客様に
お売りできなくなってしまう。

それが特別料理。
それが隠しメニューというものが出来上がってくる舞台裏。
お客様に損をさせない。
同時に、お店もなるべく損を出さない方法。
理解してやっていただきたいなぁ‥‥、と思います。

今日、使い切らなくては値打ちを
いちぢるしく落としてしまう食材に囲まれた厨房。
たとえば寿司屋。
たとえば天ぷら屋。
そうしたお店のほとんどの食材が明日になったら
価値をなくして、捨てなくちゃいけなくなっちゃう。
銀座あたりの目玉が飛び出るような高級な寿司屋であれば、
どんなお客様から何をどのように注文されても、
大丈夫なように余裕をもって食材を仕入れておけます。

昔、アメリカからやってきた有名テニス選手が、
銀座の天ぷらの名店で接待を受けたとき。
エビのてんぷらが大いに気に入って、そればかり。
パクパクパクパク。
なんと、100本も食べちゃった‥‥、
という伝説があるのだけれど、
100本のエビを放り込むことができた胃袋もすごい。
けれど、100本のエビを注文されてもびくともしなかった、
そのお店の食材庫、
あるいは食材の仕入れ方もすごかった。
さすが、高級店。
しかも大きなお店の強みを思い知らされる逸話‥‥、です。

でもそうしたお店。
ボクらの口に入らなかった食材の分まで、
ボクらが負担をしているお店‥‥、でもあるわけで、
だからこそ許される贅沢でもある。

お寿司屋さんで。
それも街場の気取らぬ小さなお店。
若いご主人と奥さんが二人で切り盛りをしているような、
そんなお店で、こんな注文をするお客様。

ウニ、中トロ、中トロ、エビ。
中トロ、小肌、小肌、小肌、小肌、小肌、小肌×3、中トロ。
赤貝、エビ、それからカッパ。

かならず嫌われるお客様になる。
お客様はたぶん、こういうのでしょう。
ワタシが好きなものを食べて何がわるいの?
それに、高いものをたくさん食べてあげているんだから、
お店も損はしないじゃないの。

お店は損をしないかもしれない。
お客様も、納得づくでお金を払ってもよいと言ってる。
けれど‥‥。
このお店の他のお客様の損になる‥‥、
かもしれないこうした注文。
だって、たぶん、このお客様が帰ったあとに来たお客様が、
小肌を注文しようにも、
それを食べることができなくなっちゃう。
売り切れで‥‥。
いろんなモノをちょっとづつ。
適度なバリエーションをもって楽しむというコト。
それが飲食店のメニューというものの基本的な考え方で、
それはつまり、おいしいものばかりを独り占めしない
分別を持って、レストランをたのしみましょうネ。
‥‥、というメッセージでもあるのです。

すてきなレストランを味わうということ。
それは確かに助け合い。
お店の人とお客様との助け合い。
それに加えて、お客様とお客様同士の助け合いがあって、
初めて素敵なレストランになる。
‥‥、ということなのでしょう。
がんばりましょう。

 
2007-05-24-THU