おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(四冊目のノート)

はじめてのレストランに予約、
あるいは問い合わせをしたとき、
こう聞かれることがあったりします。

「どちらさまからのご紹介でらっしゃいますか?」

瞬間。
電話の受話器を持つ手が震えますネ。
ありゃりゃ。
もしかしたら、この店は一見さんお断りの
店なのかもしれないぞ。
相当に高級で、敷居が高いんだろうなぁ‥‥。
噂を聞いて、電話しました、なんていったら
断られるのかもしれないな。
そう思って、ビクビクドキドキ。
冷や汗ダラダラ、ということになっちゃったりしたりします。

いやいや、紹介者はいないんです。
すばらしいお店だからって、小耳に挟んだものですから。
‥‥、とこたえて、それじゃあ、
予約をお取りすることができません、と断られるか?
というと、そんなことはないかもしれない。
お店の人は、なんの気なしに
「どなたのご紹介ですか?」と、聞いただけかもしれません。

けれど‥‥。

お店の人が、紹介者がいるかどうかを
思わず聞いてしまうというのには、
実はこんな理由があるんです。

わかりにくい。
例えば紙に書かれたメニューが用意されていない。
例えば値段が一切、伏せられていたり、
あるいはメニューにのっていない料理が
たくさん用意されているんですよ、当店は。
‥‥、というコトの裏返し。
それが、ご紹介者は? という、
一言にこめられていたりするのです。

初めてのお客様にいちいち、
お店のあれこれを説明していては
スムーズなサービスをすることができなくなる。
そこで、そのお店のシステムを熟知した紹介者を
必要とするのですね。
ナビゲーターとしての紹介者。
完璧を期するのであれば、紹介するだけでなく、
一緒に連れていってもらって、
そのお店のたのしみ方をてとりあしとり教えてもらう。

社交界デビューには、エスコートが必要なのであります。
ちょうど昔、とある驚くべきレストランに
うまれてはじめて行ったときのボクのように‥‥、です。

ステーキレストランでした。
ほとんど宣伝をしたり、
雑誌のような媒体にでることもなく、
だからボクも外食産業を仕事に選ぶまで、
存在すら知らないお店でした。
東京で一番、ステーキがおいしい店を選ぶとしたら‥‥、
という質問を、レストラン事情に詳しい人に聞くと、
かならずこの店の名前が答えの中に含まれていた。
しかもその答えには、きまって同じ言葉が一緒にやってくる。

驚くほどおいしいけれど、
驚くほど値段もはる店なんだよね。

驚くほど‥‥、ってどのくらいなんですか?
って聞くと、またたいていの人がこう答えます。
最初にいくときには、誰か、このお店のことを
良く知っている人に連れていってもらうのがいいと思うよ。
でないと、おどろきすぎて
ただの高いだけのステーキを食べて帰っちゃった‥‥、
ってことになりかねないからネ。

と、そういわれるんですね。
そういわれると、逆にいきたくて仕方ない病が
どんどん重たくなってくる。
募る想い。
‥‥、そんな感じで、
ボクは一緒に行ってくれる人を探すことにした。
教え上手で世話好きな、
しかもこの店のことをよく知っている人。
そこで‥‥。
ボクの師匠の登場です。
お願いしました。
どうぞ、連れて行って、
このお店のたのしみ方を教えていただけませんか?

師匠の答えはこうでした。

いいでしょう。
ワタシもなかなか気軽にいけるレストランではありません。
贅沢に過ぎるから。
しばらく行く機会に恵まれていないので、
行きたくも思っていたし、
シンイチロウ君のデビューを助けるというのは、
いい、言い訳にもなるでしょう。
ご一緒しましょう。
ただ、割り勘というコトにしませんか。
お金を払ってこその勉強、ということもある。
とりあえず5万円ほど、銀行からおろしてらっしゃい。
ボクがいうとおりに注文をすれば、
多分、そのくらいで満足することができるから。
いいですか?

うーん、力強いお言葉‥‥、ではあります。
ただ、それにしてもとりあえず5万円。
それも一人分の割り勘代が5万円とは、
一体、どうした店なのでありましょう?
昼と夜の食費を削って2週間。
師匠に言われた5万円を懐にいれ、意気揚々と。
半分、ドキドキも胸にしまって、
目当てのレストランに彼と一緒に向かいました。
場所は新橋。
雑居ビルの地下‥‥、でした。

 
2007-04-12-THU