おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(四冊目のノート)
さてさて、再び、ボクが愛してやまない
寿司屋さんの話にもどりましょう。

気持ちの良い、いらっしゃいませに迎えられて
カウンターにつき、
寿司を握るうつくしい姿をドキドキしながら眺める。
しあわせこの上ない瞬間です。
寿司を食べるということもたのしいことではありますが、
自分が食べるものが出来上がる様を
間近に見ることが出来るというしあわせ。
寿司屋のカウンターで食事する
最大の醍醐味でありましょう。

その握り姿。
仕草。
手際。
たしかな仕事。
そのすべてがおいしい寿司の一部をなす
大切な味のひとつ‥‥、でもあります。
先味です。


ところで‥‥。
ボクが好きな寿司屋さんの寿司職人の仕事ぶりには、
共通するひとつの特徴があります。

シャリをちぎって捨てない人。

寿司を握るためのシャリはお櫃に入って、
握り手の横に置かれます。
握り手はその中に手を入れて、
サッと数百粒分のご飯粒を手の中に入れて持ち上げます。
熟練した人であれば、毎回、数粒程度の誤差で
同じ数のご飯粒を取り上げることが出来る、といいます。
人の集中力。
人の熟練。
人の手が持つ魔術といいますか、
驚くべきコトでありますネ。
それをササッと握るように、転がすように、
手のひらの中で寿司のカタチにまとめてゆくのが
握りずしを作る一番最初の工程となります。
が‥‥。
何度かに一度、多くとりすぎたシャリを、
ちぎっておひつの中に戻す作業をする人がいる。
なかには、ほとんど毎回、
シャリをちぎる仕草をする人がいるのですネ。
うつくしくない。
集中すれば。
その気になれば。
そんな無駄なひと手間を省くことが出来るはずなのに、
なぜだかそれに気づかず、シャリを捨て続ける人がいる。

ボクはそのような職人のいるお店を
好きになることができません。
だから、ああ、このお店の常連になりたいなぁ‥‥、
と思ったら、まずそのお店の人たちの握り姿。
中でもシャリを扱う精度の高さを見てみると良い。
シャリを取り上げ、まとめる姿がうつくしく、
無駄のない人の作る寿司はおいしいです。
おいしい以上に、おいしく感じる。
間違いがありません。

人の手‥‥、というものはすばらしい調理器具です。
海外からのお客様に、その点を指摘してみてごらんなさい。
彼は毎回毎回、計ったように
同じ寿司を作ることが出来るでしょう?
すばらしいと思いませんか?
あの繊細と几帳面が、日本人であるボクの体の中にも
流れていると思うと、誇らしいと思いますネ‥‥、
とかって、勝手に溜飲をさげさせて
もらったりするのです。
寿司屋のたのしみ。

しかしながら、プロフェッショナルとして
認められていない人たちの手というのは、
往々にして不潔の象徴のように扱われることがあります。
例えばアメリカのファストフード。
ハンバーガーレストランや
サンドイッチショップのチェーン店では、
料理を作る手にかならず
透明の手袋をすることになっています。
清潔の基準を満足させるためと、
同時に、それを見ている人たちに
不快な思いをさせぬように‥‥、という配慮からです。
ところがです。
同じアメリカで、寿司屋に関してはなんとも寛容。
手袋をしては寿司が握れぬ‥‥、
という事情もあるのでしょうが、
驚くべき技術と精度で寿司を作り出すことが出来る
職人の手は不潔ではない‥‥、
というような感覚でしょうか?
不思議な寛容。

でも。

シャリをちぎって平気で捨てる人の手は、
さて、どちらがわのてなんだろう?
そんなことを思ってしまったりするのです。


素手で寿司を作り続ける、
というコトは大変なことです。
仕事柄、いろんな調理人の方と
握手をする機会に恵まれます。
その方が、どんな料理を作っているのか、
というコトを聞かなくても、
寿司屋さんの手だけは握った瞬間、わかります。

やわらかい。
シットリとしていて、
ジワッと熱をもっていることが多い。
お酢のせいです。
食用酢とはいえ、毎日毎日、
それに手を浸しているとの同じですから
かなりの酸で皮膚がやられる。
中には爪のカルシウム分が
ボロボロになってしまう人すらいるほどです。

大切に使い込まれた調理用の鍋。
傷がついてベコベコのいびつな形に成り果てて、
でもそれこそが、おいしい料理を作り続けてきた
証拠のようなそんな厳しい調理器具。
それと同じような寿司職人の
やわらかくて、うつくしい手。

その手の本来のすばらしい威力を知らずに使った結果、
シャリをちぎって捨てるような人。
もったいないなぁ‥‥、と思うのです。

ところで‥‥。

何人もの職人さんがあなたのことを待っている店。
みんなの手はそれぞれ等しく
同じ技量を持った手なのでしょうか?
大将が握る寿司と、若手が握ってくれる寿司。
どちらも同じ寿司‥‥、なのでしょうか?
どうなのでしょう。
 
2007-03-22-THU