おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(四冊目のノート)
さて、話題をボクの大好きな
ホテルの朝食レストランでの話に戻しましょう。

何回か通って、そのうち自然に、
ボクの担当のサービススタッフが
なんとなく決まってきました。
小柄でとてもチャーミングな女性スタッフ。
いつも笑顔でキビキビとレストランの中を作業しながら、
お客様のテーブルに気配りをしてまわる、
とても元気な人で、
彼女の笑顔に出会えた日は、
なんだかラッキーデーになってしまう。
作業も確実。
ボクはいつも自分が食べたい料理の名前を言うだけで、
あとは彼女が楽しい朝食のすべてを取り仕切ってくれる。
‥‥、というような感じになった。
信頼関係‥‥、とでもいいますか。
ボクと彼女はステキな朝食の時間を二人して作り出す、
ちょっとした同志、のような仲になることが出来た、
そんなときのコトです。


週末の朝。
ボクはいつものようにそこに行き、
いつものように彼女がボクの横に立ち、
いつものように食べたものをボクはいう。
目玉焼きにハムをそえ、
トーストを2枚ほど焼いてはいただけませんか‥‥。
と、そんな具合に注文をしたのでした。
いつもと違っていたのは、彼女の次の受け答え。

サカキさま、今日はお急ぎでらっしゃいますか?
いやいや、今日はノースケジュールの休日だから、
ユックリの朝にしようと
ココにやってきたのですヨ‥‥、と。

では‥‥、と彼女のは姿勢を正して、
少々、真剣な表情になりこうボクに向かって続けます。

今朝のトーストは、どのようにお焼きしましょうか?

おやっ‥‥、とボクは思いました。
今までそんなふうに彼女から聞かれたコトはなかったのに。
それに、今まで
どんなトーストをボクは食べたいんだろう‥‥、
なんて考えてみたこともなかったワケで、
だからボクは少々、言葉に詰まってしまった。
どうしよう‥‥。
すると彼女がこう続けます。

今朝はサカキ様がお召し上がりになりたいような
トーストをお作りしたいな、
と思ったモノでございますから。

あら、うれしい。
このお店のトースト‥‥、じゃなくて、
ボクが食べたいトーストを
ワザワザ作って食べさせてくれるなんて、
なんと、うれしいことなんでしょう。
ボクの答えをじっと笑顔で待っている
彼女の情熱に答えたい一心で、
ボクは一生懸命、自分が食べたいトーストのコトを
頭の中で言葉に変えた。
それで彼女にこういいました。

ホワイトブレッドを薄く切って、
良く焼いてはいただけませんか。

すると彼女、ニコッと笑って
「しばらくお待ちいただけませんか?」
といって、厨房の中に一旦もどった。
そしてしばらくして、
食パンを切ったモノを3枚、トレーに乗せて
ボクのところに持ってきたのでありました。
どれも薄切り。
でもそれぞれにちょっとづつ厚さが違う薄切りで、
どれがお好みでしょう‥‥、とボクに聞きます。

ボクは真ん中の薄さのパンを選んで、これでヨロシク。

承知しました。
ところで、これをどのようにお焼きすれば、サカキ様に
「良く焼けたねぇ」
とお褒めいただけるのでしょうか?
と再び彼女はボクに聞く。
うん、これは真剣だわい‥‥、
とボクはとてもうれしくなってきて、
それで次々、ボクの頭の中に浮かんでくる、
ボクにとっての
「良く焼く」というコトを言葉にしました。

パンの中まで確実に火を通してもらって、
水気を飛ばしてもらいたいコト。
歯に貼りつくような食感が
あまり好きではないものだから。
表面はキツネ色。
焦げる寸前。
まだ香ばしい香りが残った状態でお願いします。

それをひとつひとつ頭の中に置くように彼女は聞いて、
最後に一言。

耳はそのまま
残しておいてもよろしゅうございますか‥‥?

ええ、耳も出来ればしっかり焼いていただけると
恐悦至極でございます。



そんな感じでつつがなく、ボクの注文をとりおわり、
彼女は厨房の中に消えていきます。
しばし待つ。
果たしてどんなトーストがやってくるんだろう、
とワクワクしながら10分ほども待ったでしょうか?
彼女はナプキンでくるまれた、
籐で編まれた小さなバスケットを手に持って、
ボクのテーブルまでやってきます。
とうとう‥‥、です。
そしてボクの左手にカゴをおき、
包み布をパパッとはらって中のトーストを見せてくれる。

おお、うつくしい。
見事にキツネ色のトーストで、手に軽やか。
水気を吐き出し、見た目以上にススッと軽く、
噛むとサクッと、まるでラスクのような乾いた味わい。

「良く焼けてるねぇ‥‥」と、
見つめる彼女に声をかけると、笑顔の彼女。
小さなお皿をソッと出す。
中にはバター。
しかもちょっと溶けかけて、
テレンとお皿に崩れおちるようなバターがタップリ。

もし、バターをお使いになるのであれば、と思いまして。
グリルパンの上で
ちょっと柔らかくさせていただきました。
固いバターですとせっかくのサクサクの表面を、
傷つけてしまいますからネ‥‥、と。

ああ、料理を作ってもらうというのは、
いろんな人との共同作業なんだなぁ‥‥、
というコトをそのとき思った。
それまでも共同作業であろう、
と思ってはいたのだけれど、
それは「食べ手」と「作り手」の間の共同作業。
という程度の認識だったのですね。
でも本当に自分が食べたいモノを食べようと思ったら、
もう一人「注文の取り手」という人とも
パートナーシップを組まなくては駄目なんだ‥‥、
というコトを教わったのでありました。
 
2006-11-23-THU