おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(四冊目のノート)
「はもまぶし」なるいつもには無いメニューを
二人分、注文したぼくらに、
「お二人分、ご用意させていただけるかどうか。
 ちょっと厨房に行ってきいてまいります。
 少々お待ちくださいね」
と、仲居さんが厨房に切り返す。
というところまでが、前回のお話でした。

しばらくして彼女がテーブルに向かって戻ってきます。
いささか神妙な面持ちで。
試験結果を待つ受験生の気持ちでありますね、
そのときのボクたち。
ああ、やっぱり一人前分しかなかったんだなぁ。
ならボクは別のモノをたのもうかなぁ、
なんてガッカリしながら、彼女の答えを待ちました。

彼女はこういう。
やはり二人前はご用意できなんです。
でも、一人前よりは若干、
多目にハモが残っているというコトですので、
もしお一人様分が少なめでもよろしければ、
お二人様分に分けて
ご用意させていただくコトもできますが。
いかがされましょう?

いやいや、それでいいんです。
もうおなかも張っていますから、
逆に少なめ程度がおいしくいただけると思いもしますし。
もし足りなければ、
別のモノをまた追加させていただきましょう。
お願いします。

にわかに表情が明るくなった彼女は
厨房の中に小走りで入っていきます。
〆のご飯でお待たせせぬよう、急がなくては‥‥、
という気持ちが後ろ姿にうつったような、小走りでした。
厨房の中で調理スタッフを
せかしてくれてるんだろうなぁ‥‥。
そんな気配でもありました。


レストランの人たちは絶対に
お客様をお待たせしてはいけない二つの瞬間、
というコトをいつも気配って仕事をしています。
スターティングとクロージング。
はじまりと終わりの瞬間のサービスだけは、
迅速で誠意に満ちたものでなくてはならない、
というコトです。
お出迎えとお見送り。
ここでお客様を待たせると、
これからしようとするすべての努力を
受け入れていただくコトが出来なかったり、
今までしてきたすべての努力が無駄になったりするのですね。
料理で言えば、一番最初のお料理と、
一番最後の〆のお食事‥‥、あるいはデザート。
腹ペコでやってきたお店でなかなか料理にありつけない。
最悪です。
この一皿が終わってしまえば帰ることが出来るのに、
なのにその〆がいつまでたっても出てこない。
最低です。
だからスターティングとクロージング。
彼女は早く〆のご飯を
ボクらのテーブルに運びたくて仕方なかった。
そんな気持ちが伝わるような
すばらしい小走りであったわけです。
ワクワクしました。

果たして彼女が手にやってきた〆のご飯。
たっぷりとしたお茶碗に、
7分目ほどの分量で、ハモはタップリ。
一人前のハモの蒲焼を二人分のご飯を水増しして
二人前にした‥‥、のでは決して無い、
まさに少々軽めの二人前を作ってくれたんだなぁ、
という誠意あふれる一品でした。
おなかにやさしく、ボクらは満足。

何か他のモノをご用意いたしましょうか?
という、仲居さんに、
いえいえ、これ以上いただいたらば
せっかく赤身でガマンした甲斐が
なくなってしまいますから、と。
大笑い。
お辞儀と一緒にやってきたお勘定書きをみると、
ハモまぶしの欄には律儀に一人分だけの値段がついてた。
うれしかった。
その日はいつもより余分に笑った。
いつもの数倍、お店の人たちとお話ができて、
なんだかそれがうれしかったのでありました。

おごちそうさま、と席を立つと、彼女が一言。
「サカキ様のお帰りです!」

お店の出口で預けた上着と荷物を受け取って、
それじゃあ、どうもありがとう‥‥、
と言おうとうしろを振り返った。
そうしてビックリ。
ボクらを見送る人が4人。

一人はお見送りのために
いつもそこにいてくれている支配人。
もう一人は荷物を預かってくれていた
クロークの女性スタッフ。
それにボクらのテーブル担当の女性スタッフと、
キノコ嫌いの仲居さん。
楽しくサービスさせていただいて、
どうもありがとうございます、と。
お辞儀をしながら、失礼します、と帰ろうとしたら、
厨房の中から男性スタッフが走り出してくる。

調理長でございます。
ハモまぶしはあの分量で
満足していただけましたでしょうか?‥‥と。
なんのなんの、他のお店ならあれで十分、
二人前と言って通用する贅沢さでした。
堪能しました。
ありがとう。
調理長の顔から心配顔が見事に消えて、
晴れ晴れとした笑顔でお辞儀‥‥、
でシアワセな夜の幕、おりる。



ステキな食事、それもステキな大人が楽しむ食事は
「謎かけと謎ときの連続」で出来ている。

ボクはそんなふうに思います。
お客様であるボクたちは、
お店の人に謎をどれだけかけることができるのか。
そしてその謎を易々と解いてもらうためのヒントを
どれだけ出すことができるのだろうか? と思います。
ステキなお客様。
お店の人が納得の行くサービスをさせてもらった、
と思えるステキなお客様。
そうしてそのサービスをわかっていただき、
ココロから喜んでいただいたと思える、ステキなお客様。
その人たちに、最後の最後にお店の人が
プレゼントしてくれる最高のご褒美。
それが、お見送りである。
‥‥というコトじゃないかと思うのです。

お金をたくさん払った人に、
たくさんの人のお見送りが付く。
決してそんなコトは無い。
気前はいいけれど、
偉そうに振舞うお客様を送り出すときの、
深々と、それこそ首筋の後ろっ側が
むきだしになるくらいに深々としたお見送り。
それを見て、ボクにこうきいた外国の友人がいました。
なぜ、あの人たちはお客様にあやまってるの?
何か悪いことをしたの? ‥‥って。
ボクはそのときこういいました。
多分、二度ときてもらいたくない人なんじゃないの?
だからもう絶対にこないで下さいって、
頭を下げて許してもらってるんだと思うヨ‥‥って。

笑顔で手をふりあうような別れの儀式。
そんなお見送り‥‥、受けてみたい。
見送られ上手なお客様になりたいなぁ‥‥、
なんっておもったりするのであります。
がんばりましょう。
 
2006-11-09-THU