おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(四冊目のノート)
注文をして早々に、お酒がちゃんと用意されます。
それと一緒に、適度に手間のかかった、
でも速やかに提供できる程度の品位のお料理が何品か。
手際よくササッと出されて、それでしばらく、
ボクらはほったらかしです。

会食であればココで名刺交換がなされたり、
あるいは今日の会食の趣旨の説明であったり、
お招きいただいてどうのこうのという
謝意の交換であったりと、
いろいろな大人の行事が繰り広げられるのでありましょう。
そんな面倒を一切はしょって、おいしいモノをたべよう、
という趣向のボクらのコトです。
近況報告をしつつ、楽しく酒を酌み交わす。
‥‥という楽しい水入らずを味わわせてもらえる、
という意味でのほったらかし。
うれしいです。

そのうち、徐々にボクらのテーブルが騒々しくなる。
鍋の準備がにぎやかにされ、
そうしてしゃぶしゃぶの具材がやってきます。
ボクらの頭の中にある話題がそろそろなくなり始める、
そんな頃合。
テーブルの上に、話題が厨房のほうからやってくる、
ワケです。
ありがたい。

最初はお肉。
いつもよりもちょっとばかり赤身の強い牛肉がズラッ。
あれっ、というような顔でお皿をじっと眺めるボクに、
テーブル担当の仲居さんがこういいます。

お体によろしい脂の少ない部分だけを
吟味してご用意させていただきました。
その分、お肉の量はタップリ目に
サービスさせていただいてございます。
もし、いつものお肉の方がよろしければ、
そちらをご用意させていただきますが、いかがされましょう?

ああ、うれしい。
こういうおもてなしが、ボク、一番うれしいです‥‥、
と彼女に言ってさっそくしゃぶしゃぶ。
やっぱり肉の旨みは
赤身がしっかりしてるかどうかだよねぇ‥‥、
なんていいながら、二人でしゃぶしゃぶ。
よろしゅうございました、
とアクをとったり火加減を見たり、
ニコニコしながら一通りのサービスをした
テーブル担当の仲居さんが、一旦、厨房の方にもどります。


しばらくして。

ボクらのテーブルの担当ではない仲居さんが、
大きなお皿を持ってきました。
野菜が山盛りにされたお皿で、
ほとんどの具材がタップリ二人前分あるのだけれど、
キノコだけが申し訳程度にちょっとだけ。
もってきてくれた仲居さんがこう聞きます。

「キノコがお嫌いなお客様は
 どちらの方でらっしゃいますか?」

はい、ボクです‥‥、
と手を上げる友人に、彼女はこういう。

「ワタシもなんです。キノコだけはどうにもこうにも
 食べられなくて、
 それでお顔、拝見したくてまいりました」

あらあら、そりゃ苦労するでしょう。
特にこれから、秋に向かって
ご馳走が食べられなかったりしますもんネ。
とか言いながら、二人は自然に名刺交換。
今度、こちらにお越しの際には是非、
ワタクシにお電話くださいネ。
担当させていただきたいと思いますから。
なんだかキノコ嫌い同士で盛り上がって、
楽しそうに話をしてる。

「ボク、なんだかこの店の常連さんになれたみたいで、
 今日はうれしいです」

友人はそういいながら大喜びです。
お酒もすすむ。
お肉をしゃぶしゃぶするのは食べ手であるボクらの仕事。
お肉以外の野菜や豆腐を煮込んで、
取り分けてくれるのは
キノコ嫌いの仲居さんの仕事であります。
当然のように、キノコはボクの方にだけやってくる。
見事なモノです。
すごいですネ‥‥、と言ったらば、
友人の取り皿を手に取り上げて、こういいます。

このお鉢はワタシのお鉢なんだ‥‥、と思うと、
鍋の中身と格闘するような気持ちになるんです。
キノコのひとかけも入れてやるもんか‥‥、って。
真剣勝負。
だって、もしワタシがお客様の立場だったとして、
取り分けていただいたお鉢の中に
エノキの一本でも混じっていたら、
絶対、ガッカリしますから。

と言って、ニコッ。
ボクはエノキだったら大丈夫なんですけど‥‥、
という友人に、あら、ワタシよりちょっとは
大人でらっしゃるんですね‥‥、と切り替えして大笑い。



自分がしてほしいことを
して差し上げるのがサービスの基本。
だからキノコ嫌いさんには、
キノコ嫌いのサービススタッフ。
ああ、こりゃ、究極なのかもしれないなぁ‥‥、
なんて思いながら、みるみる鍋の中は空っぽになる。
たのしくおなかが膨らんでくるのでありました。

一通り彼女のサービスが終わって、
本来のテーブル担当のサービススタッフに交替しました。
その彼女の第一声。
「お食事はどうされますか?」
そういいながらメニューをさっとボクらに見せる。

「はもまぶし」なるいつもには無いメニューを見つけて、
それでそれを食べようよ、とコレを二人前お願いします。
そういいました。

と‥‥。

彼女の顔がさっと曇って、こういいます。
「お二人分、ご用意させていただけるかどうか。
 ちょっと厨房に行ってきいてまいります。
 少々お待ちくださいね」。
そういいながら、厨房にささっ。
お店にきて一番最初にメニューをみたとき、
二人して、ああ、コレが食べたいね、
と言い合っていた目当ての一品。
一番最初にたのんでおけば良かったなぁ、
と後悔しきりでしばし待つ。
さて、厨房の答えはいかがあいなりますでしょうやら。
また来週。
 
2006-11-02-THU