おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(四冊目のノート)
どんなレストランにも、
なるべくならば売りたくないテーブル、というのがあります。

冷房の吹き出し口の真下にあって、
夏でもカーディガンが必要になるであろう極寒のテーブル。
シェフが厨房の中でしきりに指示を出している声と、
食器を洗う音がサラウンド効果でやってくる、
臨場感と呼ぶにはうるさくて仕方ない厨房前のテーブル。
景色が良い場所なのだけれど、
西日があたってまぶしくて暑くて仕方ないテーブル。
レストランによって、そのテーブルの種類は違うけれど、
それでもどんなレストランにも最後の最後まで
お客様を案内したくないテーブルがある。
予約を受け付けるときにも、
なるべくそのテーブルの予約だけは
取らないようにしている‥‥、ようなテーブルがあるのです。

「本日は予約で一杯でございます」

そう電話でお客様からの予約を
断ってしまうレストランにも、
実はテーブルがひとつやふたつ、
あいていることがあったりします。
電話をワザワザかけて
予約までしてきていただけるお客様には、
申し訳なくて、お売りすることが出来ないテーブル。
人気があって、予約がとるコトが難しい、
評判のレストランにも
そうした客席があることがあるんです。
仕方ないこと。
お客様思いであれば、
どうしてもそうした不都合が
発生してしまうのでありますネ。


どうしても評判のレストランに行きたくて仕方ない。
でも何度、予約の電話をかけても絶望的に予約が通らない。
‥‥、ような時、ボクはたまに
電話もかけずにレストランに直接出かけることがあります。
お行儀、悪いです。
ちょっとしたマナー違反でもあるのでしょうけれど、
そうするコトで電話では売る自信が無かった、
いわく付きの客席にありつくことが出来たりする。
当然、そうしたテーブルで食事することは
100%の快適‥‥、ではないかもしれないのだけれど、
でも憧れのレストランをとりあえず体験するには、
決して悪い方法ではない、と思うのです。

ねらい目は9時前後。
ほとんどの予約のお客様の入店時間は
7時から8時半の間に集中します。
今日、来店をお待ちしていたほとんどすべてのお客様を
予定通りお迎えして、お店がホッとしている時間です。
そのタイミングでまだあいている客席は、
ほぼ確実に今日一晩、
お客様が座ることのないであろうテーブルで、
ホッとしているお店の人は、
実際にその空席を指差して、こう一言。
しかも耳元で、そっと一言。

「あちらのテーブルならばご用意できるのですが、
 それでもよろしゅうございますか?」

そう聞くでしょう。
聞かれたあなたは、そのテーブルがどんなにひどい場所にあろうと、笑顔で
「ええ、結構でございます」と答えればよい。
簡単です。
実際、ボクも、そうしてなんどか
予約が絶望的にとれない店で食事をした経験がある。
憧れを現実にできたボクもうれしい。
今日も無駄になってしまったかもしれないテーブルを、
売れることが出来たお店の人にとってもうれしい。
そのテーブルが置かれている、
劣悪な環境を補って余りあるほどの
情熱的で親切なサービスを受けることが
出来るかもしれない。幸運です。

なぜ、直接行けば案内してもらうことが出来るのか?
なぜ、電話ではそうしたテーブルを
売ってもらうことができないのか?
理由は簡単。
電話では伝えづらい情報がある‥‥、
というコトなのです。

例えば電話で
「客席はあいてはいるのですが、
 とてもひどい場所にあるあまりお勧めすることが
 出来ないテーブルなんです。
 それでもよろしゅうございますか?」
‥‥、とそう聞ける勇気のあるレストランの人。
なかなかいないでしょう?
それに、そう電話で言われて、
そのテーブルでもよござんす‥‥、
と言える寛大なお客様もそうそういない。
でも、実際その場で目で確かめて、
それで納得できれば契約成立、というコトになる。
空いてて良かった、あのテーブル。
めでたし、めでたしという具合になるのです。

とはいえそうしたテーブル、やっぱり出来ることなら
お客様を案内したくなかったのだろうなぁ‥‥、
という場所にあります。
お店によってその場所はそれぞれで、
一概にどんな場所にある客席だ‥‥、
と決め付けることは出来ないのですけれど、
共通している特徴がひとつ。

サービスが行き届かない場所にあるテーブル。

見通しがきかない隅っこであったり、
食卓の前にドンっと大きな柱があったり。
当然、目立ちもしなければ、
なんだかそこだけ薄暗いような感じさえ
してしまいそうな、陰気なテーブル。
とはいえ、運良く食事にありつくことが
出来るわけですから、文句を言っても仕方ない。
でも、せっかくならばもっと前向きに、積極的に、
あまり良くないテーブルを楽しんでしまおう‥‥、
と思いませんか?



ボクはこう考えます。

セレブテーブル。

座ってくれる人をひたすら待っている
目立たないテーブルのことを、
ボクはセレブテーブルと呼ぶことにしています。
目立つことを好まない
セレブリティのためのテーブル、セレブテーブル。
人目を忍ぶ有名人のように、楽しみましょうか、
とそんな具合に楽しんでみる。
いいでしょう?

ところで‥‥。
予約無しでレストランにやってくる人たちが
受けることが出来ないサービスがある。
この連載のとてもはじめの頃に、
ボクはそんなことを言いました。
「名前を呼んでもらいながら、
 自分だけのサービスを味わう」
そのために予約は大切にしましょうヨ‥‥、と。
そう考えると、予約をしないでレストランに来て、
それであまったテーブルを
まるでおこぼれにありつくように
ありがたがる今日のボクは、
本当のサービスを受けることができないんじゃないか‥‥。
そんな心配に襲われたりする。

心配、無用です。

そもそもセレブリティ‥‥、
それも本物のセレブリティであれば、
人前で自分の名前を呼ばれるようなことを好みはしない。
有名な人にとって、無名であることは
とてもたのしいご馳走である。
そう思えば、予約なしで
フラッと出かけるレストランもこれまた楽し‥‥、
というコトでしょう。

サングラスでもかけてセレブな感じで、
ユッタリのんびり、なりゆきに任せて楽しむ楽しみ方を、
さて来週、ちょっと考えてみましょうか?

 
2006-09-14-THU