おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(四冊目のノート)
それはそうと、いちばんいい席って
どんな席のことをいうんでしょう?

景色がいい場所?
上座にある場所?
立派な椅子がおかれてる場所?
それらのすべてがそれぞれ確かにいい席の条件だろう、
とは思います。
けど、いい席、それもいちばんいい席の本質はコレ。

いちばん最初にサービスを受けることが出来る席、
というコトなのです。

いちばん最初にサービスを受けると同時に、
いちばん最初に料理に手をつけることが許されている席、
というコトでもあって、
だから今日はおしゃべりばかりしてないで、
みんなのお皿が出揃ったら、
君が最初に手をつけるんだヨ。
じゃないと、ボクら、
永遠に料理を食べるコトができなくなるからネ。

予約の当日、その店に向かう車の中でそう言うボクに、
彼女はあっさりこう答えます。

ご心配なく、大丈夫です。
ワタシ、本当におなかペコペコなんですもの。
もしかしたらみんなのお皿が出終わる前に、
手を出しちゃうかもしれないくらいですからネ。

そういってクスクス笑う。
うん、彼女は今日、
いちばんいい席に座るにふさわしい人なんだなぁ。
そう改めて思った次第。


実際に、レストランでよく起こることのひとつに、
サービスの途中で
「大切にしなくちゃいけないお客様の優先順位が
 知らぬ間に変わっちゃう」というコトがあります。
最初にお皿を提供した人が、なかなか料理に手をつけない。
その人に代わって、別の人が必ず最初に手をつける。
テーブルを囲んでる他の人たちも、
その人が料理を食べ始めるのを合図のように、
みんな一斉にナイフフォークを持ち上げる。
ああ、この人が実は
いちばん最初にサービスを受けるべき人だったんだ。
そう判断したお店の人は、
次の料理からお皿を出す順番を変えてしまいます。
その人にいちばん。
それまでいちばんだと思っていた人は、いちばん最後に。

せっかく良い席に座っていたのに、
知らぬ間にいちばん悪い席に自分がしちゃう。
良い席から悪い席に移る。
あるいは、悪い席から良い席に移るのは、とても簡単。
自分が体を動かして、椅子を変える必要もない。
お店の人の判断ひとつで、
その椅子の価値と役割は瞬時にして変わってしまう。
それがレストランという場所の
楽しくも、厳しいところであるのです。

ところで、料理の内容をさりげなく、
自然に聞き出すには、どうすればいいんでしょう?

いくつかのポイントがあります。

「聞くのであって、語るのではない」。

例えばこのグリルのお肉はどの部分を使っているのですか?
そう聞いたとしましょうか。
今日は珍しく、「いちぼ」が手に入っておりまして、
それを炭でサッパリとお焼きしようと思っております。
するとあなたがこう答えます。
ああ、なかなか手に入らないところなんだよね。
モモの近く。
赤身が旨くて肉好きにはたまらない、
いくら食べても飽きないところ。
それで産地はどこ?
‥‥、げんなりします。
お店の人の出番をなくして、
それで追いかけるように質問をする。
宮崎牛でございます‥‥、って答えたら、
今度はどんなことをこの人は語り始めるんだろう、
と思ったら、早くそのテーブルから離れたくなる。
もったいないです。
あなたが料理をどんなに詳しく知っていても、
それだから料理をよりおいしく
作ってくれるというコトはない。
それだからサービスが良くなる、
というコトもないと思う方が自然です。
レストランで饒舌に語るべきは
サービスの人と、お皿の料理。
お客様ではないのでありますネ。


「他のお店と比べない」。

今日のメインはフォアグラのソテでございますが。
そう言われて、こう答えたとしましょう。
この前、行ったお店のフォアグラは
本当においしかったのですが、
そこのお店とココのはどう違うんですか?
困ります。
他のお店と比べてどうですか? と言われて、
喜んでその答えを用意できるお店は
信頼の出来ないお店でしょう。
お店の人に心底、嫌われようと思ったら、
こういえば確実です。
あそこのお店とどっちがおいしい?
その日、そのときで、
いちばんサービスをしたくないテーブルに
めでたくマーキングされるはずです。
もったいないです。
何かと比較するのでなくて、
あくまで自分の経験と自分の好みを
自分の基準として伝えるコト。
これが大切。
そのフォアグラはコクがありますか?
それともサッパリいただけるように出来てるんでしょうか?
せっかくだから、コッテリ、
濃厚にいただきたいのですけれど、どうでしょう?
こう聞けば、例えその日のフォアグラが
アッサリ調理される予定のものでも、
ガッシリコッテリ、この上もなく
濃密な料理にしてくれるはず。

知らないことは恥ではない。
好き嫌いがあるのは変じゃない。
お客様の知らないことを、
補って楽しませてくれるのがプロのサービス。
好き嫌いがあるからこそ、
その人のための特別な料理を作り出してくれるのが
プロの調理。
‥‥、というコトなのでありますね。
 
2006-08-24-THU