おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(三冊目のノート)

今日はすごい失敗です。
思い出すのも悲しいほどのすごい失敗。
聞いてください。

最初からギクシャクした感じがありました。
なにが理由で、どんな具合にギクシャクしていたのか?
と聞かれると、
明確にその答えを説明することはできない種類のものです。
でも、どことなく居心地が悪くて、
椅子に座っているのだけれど
我が身がココにいないような‥‥、そんな感覚。
そのレストランにやってきて、
もうかれこれ10分ほどが経ったはずなのに、
なんで自分がココにいるのか納得しかねて、
ぼんやりしてる。
まるでキツネにつままれたような
居心地の悪さでありました。

お店のインテリアは、
なかなかにゴージャスでドラマティック。
日本離れしたしつらえで、
働いている人たちもみんな揃って背が高く格好良くて、
つまりひととき、海外旅行を楽しんでくださいネ‥‥、
というような趣向の店。
メニューも、食べてみたいな、と思わせる料理がたくさん。
だから決して悪いレストランではなかったのです。

なのに。

サービスの内容が問題でした。
ネッチリとした慇懃無礼な口調で、
このレストランの由来や店の特徴をあれこれしゃべる。
聞いてもいないことや関心のもてないことを、
一方的にペラペラペラペラ。
へんてこりんな店だなぁ‥‥、と思っていると、
今度は今日のお勧め料理のことをペラペラペラペラ。
一通りの説明が終わったように思えたので、
質問をしてみよう、と口を開こうとした瞬間に、
彼はどこかに消えていなくなってしまっちゃった。
マニュアル通りなんだねぇ、
と連れの友人といいながら、
それでも注文したいものがやっと決まって彼に伝える。

と、どうも彼はボクらの注文の仕方が
お気に召さないようで、
パスタの分量が多すぎるのじゃないか、とか、
肉料理だけでなく魚を試してみてはどうか、とか、
前菜はこれよりもお勧めの
こっちの方が良いのじゃないか、とか。
人の話を聞くのではなく、
人に話を聞かせることがサービスである、
‥‥のような押し付けがましさをプンプンさせる。
あまりにうるさいものだから、
耳も貸さずに適当に受けながしてたらば、
やっと彼も観念したのでしょう。
承知しました‥‥、と言いながら
ボクらの手から
メニューブックを奪い取るように持っていく。
最後に一言。
「お嫌いなものはございませんか?」
連れがきのこ類が駄目なものだから、
その旨を伝えてようやく解放してもらったのでありました。


◆さて、どんな料理が出てきたか!


前菜がやってきて、ボクらは目を疑いました。
さっき頼んだばかりの前菜じゃなく、
彼がしきりに薦めたがっていたのが代わりに出てきた。
ビックリです。
勘違いなのか?
それとも悪意なのか、それもわからず、
わざわざ間違いを指摘するのも面倒くさくて、
笑いながらそれを食べる。
まあ、おいしかったです。
彼、本当にコレを食べてほしかったんだろうねぇ‥‥、
なんてぶつぶついいながら、
それで次の料理が出てくるのを待っていました。

その間、彼は一生懸命、
情熱的に他のテーブルを飛び回り、
同じような慇懃無礼でお客様をもてなして、
同じようなセールストークを乱発しています。
で、注意深く、そのレストランの
隅から隅を眺めてみるとこれが彼だけじゃなく、
レストランの従業員、みんな同じようなことを
同じ口調でしゃべってる。
ああ、やっぱりマニュアルレストランなんだネ、ココ。
じゃあ仕方ないね、我慢しようヨ‥‥、
と肝を据えて
ボクらは次の料理を待っていたのでありました。

ビックリしました。
わが目を疑うほどのビックリでした。
頼んだリゾットの上には山盛りのマッシュルーム。
しかも上だけじゃなく、お米の隙間にもミッチリ、
ブラックマッシュルームの粉末が紛れ込んでいて、
まるでこれじゃぁ、お米料理じゃなくて
マッシュルーム料理じゃないか‥‥、
っていうくらいのキノコまみれ。
彼はボクたちの言うことは何にも聞いてなかったワケです。

ボク、帰りたくなっちゃったんだけれど、どうしよう?
そうボクは友人に言いました。
すると彼も、ボクも帰りたくなっちゃうよネ‥‥、
これじゃあ、という。
もうそのお店の空気を吸っているということさえも
耐えられないほどの悲しさに襲われて、
それで席を立つことにした。

さて、食事の途中で席を立つ。
しかも限りなく速やかに、このお店から退出したい。
つまりそこのサービスを最後まで受ける情熱が
失せてしまったときには、どうすればいいのでしょう?

まず、その気持ちを正確に伝えましょう。
ボクはそのとき、こういいました。
「ごめんなさい。ボクが思っていたレストランとは
 ちょっと違ったようです。
 だからコレで失礼しますが、よろしいですか?」
彼らが悪いわけじゃないのです。
彼らは彼らで自分たちの基準に従って働いていたわけで、
ただボクが考えていたのとはちょっとばかり違っていた。
それが途中で帰る、ささやかな、でも必要十分な理由です。
おいしくなかった。
サービスが悪かった。
そんなことを言っても仕方ない。
下手をすると、
申し訳ありません、と彼らの勝手な弁明を聞くために
悲しいテーブルに縛り付けられるはめになるかもしれません。
だから一言。
「思っていたお店と違いました、すいません」
これがスマート。

そうして続けてこういいます。
「ココまでをお支払いしますので、
 会計をお願いいたします」
いやいや、ご迷惑をかけたのですから御代は結構です、
といわれたとしても食べた分はシッカリ払う。
特に二度と来てやるものか、
と決意したときにはキッパリ、
食べた分のお金は払って帰りましょう。
手切れ金です。
抜いたばかりのワインは持って帰ればいいのです。
だからココまでのお勘定の計算をしてください。

伝票がやってきたらお金を払って
ついでに名刺を渡して、こういいましょう。
「領収書を書いてください」
経費で落とすから‥‥、ということじゃないです。
二度と過ちを犯さぬように、
今日の記念に領収書を頂戴する。
同時に、もしかしたらそのお店から
「失礼いたしました」なる手紙がやってくる可能性がある。
たまたまその日の状態が悪かったのかもしれないですし、
その日のこのことを反省して、
もう二度とそのようなことはいたしません、
という決意の手紙がやってくれば、
それはそれですばらしいことでありますし。

何より食事の途中で席を立つ、という、
考えてみればかなり失礼な出来事を、
ただの気まぐれで起こしたのではない、
という意思を伝えるためにも名刺を渡す。
匿名の抗議はただの嫌がらせ。
ですが、名刺付きの抗議は
そのお店のことを思ってのこと。
‥‥ということです。



◆そのあと大失敗をしでかした!


そのときのボク、クレジットカードの伝票にサインをし、
明細書と残ったワインの瓶を引っつかみ、
いちにのさんで二人揃って立ち上がり、一気に退散。
三行半を突きつけたなら、もう長居は無用です。
他のお客様からみれば、
鬼のような形相じゃなかったのかなぁ‥‥、と思います。
出口に向かってスタスタ、スタスタ。

すると件のウェイターがボクを追いかけてやってくる。
「サカキさま‥‥」
なんだろう?
彼なりになにかボクに伝えたいことがあるんだろうか?
と立ち止まり、振り返ったボク。
すると彼が手を差し出して、こういいます。

「サカキさま。ナプキンはどうぞお返しくださいませ」

と彼が手を差し出した先をみれば、
ボクの腹には前掛けのようにナプキンが垂れ下がってた。
ああ恥ずかしや。
せっかくの真剣なる抗議の最後が、
まるでコメディーのオチのようになってしまったコノ不幸。

腹にナプキン。
挟むべからず‥‥、でございます。

ところでこの店からそのあと、手紙の何かがやってきたか?
はいはい、やってきましたとも。
パソコンが出力をしたであろう
ボクの住所付きの宛名シールがついた葉書。
来月、開店記念キャンペーンがございます。
この葉書をお持ちになればグラスワインを一杯、
サービスさせていただきましょう、なる、
ただの販売促進の葉書が一枚。
たったそれだけ。
二度とこのお店には行っていない。
行っていないどころか、このお店の前を通るとき、
なるべくそのお店が視野に入らぬように
こそこそ逃げるように歩くボク。

レストラン選びは、げに大変なことなのでございます。

(つづきます)


Illustration:Poh-Wang


2006-03-30-THU

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