おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(三冊目のノート)

不肖ワタクシ、物凄く食べるので有名な人であります。

ホームドクターによる健康管理の一貫で、
1週間、食べたものを正確に正直に記録しなさい、
といわれたことがあって、
その結果をもってカウンセリングに行ったら、
なかば呆れ顔でこっぴどく叱られたことがありました。
あなたは普通の人の2人分は食べている。
そうかもしれない。
とは言え、一昔前はもっと凄くて、
例えばフランス料理を食べに行って、
一人前のコースを食べた後、もう一回、
別のコースを食べなおす‥‥、
なんてことを日常茶飯事のように
しでかしていたことがありました。
最初は好奇の目で見ている周りのお客様も、
最後は拍手をしてくれたり、
あるいは厨房からシェフが跳んでやってきて
握手攻めにあったりと。
ちょっと得したり、得意にさせてもらったりして
ますます調子にのってしまう。
食べるために運動にせっせと励んで、
ますます体が大きくなったりと、
まあ、大食いの螺旋階段を確実に上り続けていた時代。

よく食べる、というコトはつまり、
「たくさん注文する」というコトです。
メニューを開くと、そこに書かれてある商品名がみんな
「ボクを食べて」と言っている
メッセージのように思えて、
それであれこれ頼んでしまう。
頼んだものは全部食べる。
しかも不思議と食べられる‥‥、という具合でした。
あなおそろしや。
そうして今でも、そのときのなごりでしょう。
どうしてもちょっと多めに頼んでしまうという、
クセが付いてしまってる。
ボクはなんとでもなるのですけど、
一緒にテーブルを囲んでいる人たちにとっては
迷惑なことなのかもしれないです。
‥‥、とはいえなんだかボクの周りには
同じように大食いばかりが集まってくるような
気もするのでありますけれど、
そんな大食漢ご一行様ですら
たじろぐようなことがときにあるのでした。


◆キャンセルは失礼じゃないけれど。


こんな失敗です。
友人たちと一緒に、とあるレストランに行きました。
ボリュームタップリでしかもおいしい、
しかも安い、が売り物の店で、
みんな昼ご飯をかなり控えてお腹ペコペコ。
準備万端、集まったのでありました。

メニューを開くとこれがもう
魅力的な料理の名前が並んでて、
どれもこれも食べてみたいものばかり。
「うちは本当にタップリですから。
 女性でしたらお一人一皿でも
 おなか一杯になるくらいなんですヨ」
というお店の人の警告に耳を傾けることも無く、
あれこれ頼んで、料理を待つ。
ボナペティ。

一皿目。
お皿からはみ出さんばかりの分量の
前菜がやってきました。
おおっ、すごいね。
ビストロ料理はこうじゃなくちゃいけないネ‥‥、
とか言いながら、パクパクモグモグ。
しかもおいしい。
みるみるお皿の上から無くなった。
次の料理も同じく、タップリ。
それもパクパク。
ボク達、「大食い倶楽部」とかって
名前つけて活動しようか、とかいいながら、
パクパクパクパク。
お店の人も、
「素晴らしい食べっぷりですネ、
 料理の作りがいがございます」
そう言われますます調子にのって、
料理を頬張る陽気なボクたち。
シアワセな食卓‥‥、でありました。

ところがさすがに幾品か食べ続けるうちに、
こりゃとんでもないことになったぞ‥‥、
とさすがのボクらもうろたえ始めました。
頼んだものの半分ほどを食べたところで、
満腹がみえはじめる。
しかも着実に前の料理よりも次の料理の方が
量が多くなってくる。
どうしよう。
意を決してボクらはお店の人に、
こう頼んでみることにしました。

すいません、一番最後のお料理、
多分、食べることが出来ないと思うので
キャンセルしていただけませんか?

「ありゃりゃ、もうお肉をオーブンの中に
 いれちゃったんですヨ。
 次のお料理もそろそろ出来上がりますし。
 その次のお魚なら
 なんとか止めることが出来ると思いますが、
 ‥‥、えっ?、それも今、網の上にのっかった?
 ‥‥、ということです、申し訳ございません」

注文したモノをキャンセルするのは、
決して失礼なことでも無いし、
頼みすぎて残すくらいならごめんなさい、
という方がスマートでいいに決まってる。
でも、もう作りはじめた料理をキャンセルするのは
ルール違反。
だから、判断のタイミング。
これが大切。
そのときのボクらは、
完全にそのタイミングを逸してしまったから
失敗をしてしまった、というワケです。
困ったことに、メインディッシュのように
手が込んだ料理であればあるほど
調理時間がかかるように出来ていて、
だからかなり前にキャンセルしないと
間に合わなくなってしまう。

気をつけよう、おいしい料理は急に止まらない‥‥、
ということです。

そのときはなんとか一生懸命がんばって、
魚料理までは胃袋の中に収めたけれど、
さすがに最後の肉料理にまで
たどり着くことが出来なかった。
「もったいないから、お土産にしてさしあげましょうネ」
と、気のきいたお店の人の一言で、
ボクらは人数分にカットしてもらった肉を詰めた
お土産の箱をもって家に帰る、
シアワセな人になったのでありました。

「今度、お越しになったときには
 デザートまで是非、お召し上がりになって下さいネ」
とニコヤカに送りだされながら、
でもボクらは立って歩くのがようようなほどの、超満腹。
かなり楽しい、でもいささか恥ずかしい失敗、でありました。



◆たっぷりめ? 少なめ? その判断基準は‥‥


オーダーの修復。
かなりの勇気がいることです。
しかも勇気を振り絞ってお願いしても、
それがそのまま受け入れられるかどうかわからない。
手遅れにならないように
タイムリーに判断するためのヒント。
いろんなところにあります。

まずは前菜。
本来、お腹に空腹を思い出させるためにちょっとだけ、
お腹の中にあずけておくための料理であって、
その分量がタップリとある。
そんな店はそれから先の料理もタップリ、
と思ってまず間違いありません。
心配になったら聞いてみるといいでしょう。
「わぁ‥‥、すごい。これから先も
 こんなボリュームタップリのお料理が続くんですか?」
ええ、そうですヨ、と言われたら
全部食べられるでしょうか? と聞けばいいです。
なら一品、減らしておきましょうか?
足りないようだったらまた注文を戻せばいいですから‥‥。
スマートです。

あるいは他のお客様のテーブルの上のお料理。
お皿からはみ出さんばかりの分量の料理が
隣のお客様のテーブルにやってきた。
「ワタシ達のお料理も
 あのくらいのボリュームなんですか?」
ええ、そうですヨ。
でももし多いようでしたらご婦人向けに
小さなポーションでお作りするよう
シェフに言ってみましょうか?
これまたますますスマートです。

お客様においしい料理を食べていただくこと。
それもレストランの使命でありますけれど、
それ以上に、お客様に気持ちよい満腹をお届けすること。
これこそがもっと大切な
レストランのすべきことでありますから。
ですから、お店の人に臆せず聞く。
それもなるべく早い段階で
相談してみるようにしてみましょう。

(つづきます)


Illustration:Poh-Wang


2006-03-16-THU

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