おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(三冊目のノート)

ある時代を象徴する食べ物、
あるいは飲み物というものが、かならずあります。
ブームというやつ。
一時期の熱狂、というか浮かれ騒ぎというか、
どんな店でも頼めばそれが迷わずでてくるようなもの。
例えば1990年直前のティラミスであるとか、
例えばそのあとに続くナタデココであるとか。
その幾つかはずっと続いて今も愛され、
でもそのほとんどは時代とともに
消え去ってゆく定めであったりするのですが‥‥。

そんなブームのひとつに、
トロピカルカクテルというものがありました。
時代は1980年代の半ば。
カフェバーという店が日本中に出来た時代です。
カリフォルニア風のインテリア。
ジュークボックスが置いてあって
天井には扇風機がグルグル回り、
壁にはノーマンロックウェルのポスターが
飾ってあったりしました。
当然、料理もハンバーガーやポテトスキンのような、
アメリカ料理が中心で、
ミルクシェイクやチョコレートパフェなんかも
しっかりアメリカンサイズで用意されたりしていました。
お洒落なアメリカ風のファミリーレストラン‥‥、
みたいなモノなのだけれど、違っていたのが
「お酒がお洒落に飲める」こと。
コーヒーも飲める、お酒も飲める。
だからカフェバーとは
「カフェ&バー」であったわけです。
なつかしいです。

で、このカフェバーで飲めたお酒といえば
「トロピカルカクテル」でした。
フルーツジュースをお酒、
あるいは色とりどりのシロップとお酒を混ぜた
ロングドリンク。
トロピカルカクテルというものを
生まれてはじめて見たとき、
はっきりいってビックリしました。
お酒らしくないカラフルさ。
クリームソーダを入れて飲むようなグラスに入っていて、
フルーツがそのまま飾りつけられていたり、
小さな傘だとか造花だとかが
刺さっているのさえあったりしたものですから。
それにストロー。
たいていはご丁寧に、2本のストローがグサッ。
みんなそれでチュウチュウ、
中の液体をすすり上げるのが当たり前、になっていました。
実際、老若男女、みんなチュウチュウ。
よくも大の大人のオトコが
小指をたててストローつまみ、
カラフルな飲み物を飲んでいたものヨ、
と今になって思い出せばおかしくはありますが、
それが当時のブームだった。
ベルボトムのパンタロンジーンズやミニスカート。
ブームというもの、かならずどこかに
滑稽を含んでいるもの、と思えば仕方なくも、
ほほえましいこと、と笑い飛ばすこともできるでしょう。

今ではそこらじゅうでみかける、
というものではなくなりました。
まあ、ハワイなんかに行けば
当たり前のようにトロピカルドリンクを売っていますが、
普通のレストランやダイニングバーにもれなくある、
というような状態ではなくなりました。
ただ、ときにカクテルグラスに刺さった
ストローというものに遭遇することがある。
で、このストロー。
かなりの難物。
実はボク、ストロー付きカクテルに
とても苦い思い出があるのです。
こんな情けない思い出です。


◆カウンターで猫背! なんたるこった!


ロサンゼルスのお洒落なバーにボクはいました。
今から20年ほど前のこと。
ベルサーチのスーツが似合うような場所で、
ボクはちょっと背伸びして
バーカウンターのスツールにちょこんと座って、
「何か作ってください」‥‥、そう言いました。
あまり強くなくて、スッキリとして
爽やかな感じのカクテルをお任せします。
そんな感じでお願いをしたのです。
ニコッと笑顔でシェイカーがシャカシャカ振られ、
なんだか聞いたことの無い名前のカクテルが
目の前にスタンと出来て置かれた。
みるとグラスの中にストローが1本、入ってた。
それも細いの。
どのくらい細いか? って、
ちょっと太めの串くらいの太さで
最初はただのプラスティックの棒かと思ったのだけれど、
目を凝らしてみると中に穴があいている。
正真正銘、ストローでした。

こりゃ吸うもんだ‥‥、
そのときボクはそう思いました。
だってカリフォルニアからやってきたはずの
東京のカフェバーのトロピカルカクテルに
すっかり染まっていた当時のボク。
迷わずストローの先端をつまんで、口にパクッ。
チュチュッと啜りあげようとした。

のですが、コレが思ったように
吸い上げることができない。
まずくわえるのに細すぎて、
息を吸おうにもスルスル漏れて、
ホッペが痛くなってくる。
チュチュッと入ってくる液体の分量も、
あまりにちょっとで
一体どんな味なのかわかりもしない。
悪戦苦闘。
それをみるにみかねて、
バーテンダーがやってきてボクにそっと耳打ちをする。

「それはマドラー代わりだから、
 クルっと混ぜたらあとは
 口をグラスに付けて飲めばいいですヨ」

おお、何たること。
そういわれればボクの周りの他の人たち、
みんなグラスを持ち上げて直に飲んでる。
件のストローなんか、
カウンターの上に置いてしまった人たち、半分。
残りの人はグラスを持ち上げた
手の人差し指と薬指で挟んでグラスの端に押し付け、
動いて邪魔にならぬようにして、飲んでいる。
みんな背筋をしゃんと伸ばして、
コクッと飲んでる‥‥、カッコイイ。

それに比べてボク。
カウンターの上に覆いかぶさるように背中を丸め、
グラスを置いたままの状態でストローつまんで、
口をとんがらかせて、スースーチュルチュル。
どうみたって情けなくって格好悪い。
大失敗。

ストローの役割‥‥、
決して飲み物を飲むためだけはない、
というコトをはじめてそのとき、教わりました。
そういえば、例えばパーティー会場で、
手渡されたカクテルグラスに
短く切ったストローが
ストンと刺さっていることがあります。
例えばハードボイルドなバーで水割りをたのむと、
グラスの中にやっぱり細いストローがストン。
そんなことがよくあって、
それらはみんなマドラー代わり。
飲むためでなくグルグル混ぜて、
必要なければグラスの外に出してしまったり、
捨ててしまっても大丈夫な、
使い捨て感覚のマドラーである、というコト。
ビックリしました。

考えてみれば、グラスは持ち上げられるように出来ている。
グラスを手に持った瞬間の重さや冷たさ。
それがまずこれから飲もうとしている飲み物の、
ステキな先味。
グラスを手にもち、直接、唇を付けて飲めば、
唇を含めた口全体でその飲み物を味わうことが出来もする。
なにより背筋がシャンと伸びて、
美しい姿でお酒を楽しむことが出来るのですネ。
そしてコレ、アルコールだけでなく
ソフトドリンクでも同じこと。

グラスをテーブルの上に置いたまま、
背中丸めてアゴ突き出して、
唇から飲み物を迎えにいくようなことだけはないように。

さてグラスに限らず食器を含めた
食べる道具のメッセージ。
次回、いろいろ考えてみようと思います。

(つづきます)


Illustration:Poh-Wang


2006-02-23-THU

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