おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(三冊目のノート)

ところでクレジットカード。
便利なモノです。
便利である以上に
安心を保障してくれるようなモノであって、
特に海外なんかに行くと
プラスティックのお金以上の
ありがたみを感じることが、まま、あります。
身分証明書の代わりになったりさえしますしネ。

ボクは昔、ニューヨークで
ピストル強盗にあったことがあって、
そのとき、パスポートからお財布に至るまで、
「命の次に大切なモノ」の
ほとんどすべてを盗られちゃった。
2日後には日本に帰らなくちゃいけない。
なのにパスポートも航空券もどこにもない。
領事館に連絡すると、
一時帰国渡航証を発行することは出来るといいます。
でもその発行には帰国用の航空券と、
パスポートを盗られたことを証明する
警察の調書がなくちゃいけない。
どっちも無い。
警察の調書は出向けばなんとか作ってくれる。
でも航空券の再発行にはお金が必要‥‥、
それこそが無い。
という絶体絶命の状態で、
ボクはすがるような思いで
クレジットカード会社のデスクに電話をしました。
何枚かもっていたカードの、
ほとんどすべては再発行には数日かかると事務的に言う。
中には日本に帰ってでないと
手続きが出来ないとまで言われて、
ボクは絶望的になりました。
が、最後の一枚。
最後の一社に電話をしたら、
あっさりとこう答えてくれる。
「3時間ちょうだいできれば、
 ご希望の場所までお届けしましょう」
夢かと思いました。
しかもあわせてこうも言う。
「カードだけではお困りでしょう。
 300ドルほど、現金をご用立てして
 お持ちいたしましょうか?」
なんともウレシイ。
それからそのカードがボクのメインカード。
そのカードがあれば安心がボクの財布の中にいる‥‥、
そんな感じでずっと使い続けているカードであります。
相棒ですね。
一時期、財布の中にはコレ一枚、という時期すらありました。
今日はそんな時期の、かなり恥ずかしい話です。


◆カード使えますか? はかならず訊く事に。


高そうなお店に予約するときには、
必ずこう訊くことにしています。
「ところで、クレジットカードは使えますか?」
昔、何の気なしに入った店が思いがけず
おいしくて高級そうで、しかも先にお勘定する人、
みんな何故だか現金で払って帰る。
あれ? ‥‥入り口にカード会社の
シールが貼ってあったかなぁ?
カード使えなかったらどうしよう。
持ってるお金で足りなかったらどうしよう‥‥、
なんて気が気じゃなくて
食べた気がしなくてビクビクした苦い経験から、
かならず訊く。
思えば食事の途中でも、
ちょっと席を中座して、カード使えますか?
って訊きに行けばよかったのだけれど、
でもそれも格好悪いような気がしてしょうがない。
小心者でありますから。

仕事の打ち上げ。
焼肉でも喰いに行こう‥‥、というコトで
会社の若い人たちを引き連れて、
前から気になっていた店に行く。
はじめての店。
カード、大丈夫ですヨ、というコトで
意気揚々と出かけていったわけであります。
いただきます。
おいしかった。
その日は大切な仕事がひと段落して気持ちも良くて、
たくさん食べたし、たくさん飲んだ。
カードが使えるという安心感で、
本当にタップリ使って、さあ、お勘定。
クレジットカードをそっと出しました。
そしたらお店の人、恐縮しながら
そのカードを差し戻し、こういいます。
「申し訳ありません、
 このカード会社だけは使えないんです。
 他の会社のなら大丈夫なんですけれど。
 他のはお持ちじゃないですか?」

息がとまるかと思いました。
若い人たちにカードを借りるわけにもいきません。
財布の中の現金では半分ほどにしかならない
お勘定書きをみつめて、どうしよう。
一気にみんな盛り下がってしまいますよね‥‥、
当然ながら。

大失敗です。
カードが使えますか? だけでは不十分だ、ということ。
とはいえ、こんなとき、どうすればいいと思います?



◆困った、カードが使えない! さあどうします?


お金が足りない。
しかもカードが使えない。
大切なのは誠意です。
お金を払いたくないわけじゃない。
お金がまったく無いわけでもなく、
ただただちょっとした手違いで
手元に今、この瞬間、無いだけなんだ、
というコトをわかってもらう。
コレが大切。

正直に言いましょう。
すいません、今、財布の中に
コレだけのお金しかありません。
因みにワタクシ、こういうものです。
コレをとりあえず今日は全部、置いてきます。
ついでに名刺も置いてきます、
残りは明日、もってきますから
どうにかそれで許していただけませんか、お願いします。

仕方ないです。
それにたいていはこれで大丈夫です。
なんとかなります。

そのときのボクもこの手でなんとか許してもらい、
翌日、ランチタイムが始まる前に
残りのお金をもって行きました。
お詫びに、とらやの羊羹を手土産に、
ごめんなさい‥‥って。
あらあら、気を遣っていただかなくても、
って逆に恐縮してもらい、
サービス券をちゃっかり貰って、
それからずっとのお付き合いです。

出かけるときは忘れずに、
というコピーがありましたけれど、
出かけるときは使えるカードと最小限の現金を‥‥、
というハナシでありました。

ところで最後にもうひとつ。
ワタシの知り合いの、
レストランに出向くのが大好きで仕方ない人の話。
特に、若い人が新しく始めたばかりの情熱的な店、
というのが大好きで、そんな店があるよ、と聞くと
万障繰り合わせる勢いで訪れる。
元気付けをしてあげなくちゃ‥‥、という心意気で、
まずは出かけてお金を使ってあげる、
というのを趣味のようにしている人がいるのです。

何度かその人と一緒に、
そうした店に行ったことがあります。
その人、そうしたお店で会計をするとき、
かならず現金で決済をするんですネ。
クレジットカードをもっていないわけではなくて、
ワザワザ、かならず現金決済。
理由は?

「サカキさんネ。クレジットカードの手数料、
 勿体無いとは思いませんか?
 特にこんな若い人たちの小さなお店で、
 手数料を彼らに払わせるようなことをしては申し訳ない。
 だから現金。出かけるときは忘れずに‥‥、ですよ。」

その通り。
こうした思いやりがステキな大人を作ってくれる。
‥‥、と言うコトではありますまいか。
勉強でした。

(つづきます)


Illustration:Poh-Wang


2006-02-09-THU

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