おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(三冊目のノート)

数年ほど前のことです。
夏から秋にかけて、恐ろしく忙しいスケジュールで、
好きな海外にも行くことができずに
毎日、仕事、仕事、また仕事。
雑事に追われ、ストレスばかりがたまってゆく。
ああ、なんだか自分らしくないなぁ‥‥、
なんて思いながら、手帳をめくり、
なんとか日本を逃げ出す機会はないか?
と、考えていました。
予定でビッシリの手帳にも、
その気になれば何日か分の隙間をつくることは出来るもの。
そのときは11月後半の祝日を挟んだ数日間。
幾つかのスケジュールを前後に移してしまえば、
なんとか休みが取れそうで、ボクは何人かの同僚と、
何人かのお客様に頭を下げて、
5日間の休日を捻出しました。
3泊5日。
さて、飛び切りの休みを過ごしてやろう‥‥、
と選んだ行く先はニューヨークでありました。


◆1日だけ予約ができない! なぜだ?!


たいていの海外旅行は
ノースケジュールでゆくことにしています。
スケジュールを綿密に立ててゆく旅行は、
まるで出張のようで楽しみにかけるもの。
その場所での楽しみはその場所に行ってから
考えるのが一番だ、と思っているからなのですけれど、
ニューヨークだけは別です。
話題の舞台を見て、おいしい料理を食べる。
それがニューヨークという街で、
ボクを生き返らせる最高の方法で、
だからある程度の準備をしてゆきます。
少なくともミュージカルの切符の手配と、
レストランの予約だけはして出かける、
というのが習慣でありました。

こうしたときのために切り抜いておいた
雑誌や本の切抜きを元にしながら、
何軒かのレストランに電話して、予約を頼んだところ、
到着当日と、出発前の1日分のテーブルは、
比較的すんなり取れました
なのに、1日分の予約がどうしてもとおらない。
どんな店に電話をかけても、
申し訳ないがその日は席を準備することは出来ません、
というのです。
何か大きなイベントでもあるのかなぁ?
こうまでレストランの予約が入らないなんて、
どうしたことなんだろう。
と、不思議に思いました。
でも、行けばなんとかなるだろう‥‥。
最悪、ホテルのコンシエルジュにお願いすれば、
どうにかしてくれるはずだ、と思って
それですんなり旅する人にボクはなりました。

そしてニューヨークに到着です。
街は徐々に年末に向けた準備を始め、
華やかな空気に包まれていました。
通りを歩く人たちもニコニコ顔で、
足早ではあるのだけれどせわしくはなく、
ちょっと浮かれたようなリズムが街のそこここにある。
いい季節にやってきたなぁ、と思いました。
そしてホテルにチェックイン。
早速、コンシエルジュをつかまえて、相談しました。

「明日、晩ご飯を食べられる
 お洒落で話題のお店を紹介してはいただけませんか?」

良いホテルのコンシエルジュという人は、
慣れない街を自分が住んでいる街のように
快適で居心地の良いところにしてくれる
秘密の呪文を知っている人。
頼りにしない手はありません。
彼に頼めば、まるで魔法のように
ひょいひょいっていい店を
お膳立てしてくれるんじゃないか、
ってボクは思ってました。
当然なこと、と期待していたわけであります。
ところが答えは意外なモノ‥‥、でありました。

「ミスターサカキ。
 明日、ご紹介できるレストランを
 あいにくワタクシは存じ上げません」

手帳を開くことも、
電話をどこにかけることもなくただ一言、
即答でそういうのです。

「もしリトルコリアや
 チャイナタウンにお越しになるおつもりがあれば
 別でございますけど‥‥」
何事?
多分、凄い表情だったんじゃないのかなぁ。
彼は申し訳なさそうにこう続けた。

「明日はサンクスギヴィングデーでございますので」


◆街ぜんたいが休む日。そんなときは‥‥。


サンクスギヴィングデー‥‥、つまり感謝祭。
ご存じないかも知れませんが、
この日はほとんどのレストランが休んでしまうんですヨ。
‥‥、とそうも言われた。
日本にいると、七面鳥を焼いて一年の収穫を寿ぐ日、
くらいの認識しか無かったんですネ。
日本でいうところの勤労感謝の日みたいなもので、
祝日ではあるけれど、まさかほとんどの店が
閉まってしまうほど、厳かなる日だとは思わなかった。
開拓の国のひとびとが、収穫を寿ぐ日。
それは家でみんなでしんみり、
今年一年のシアワセを思い返す日であって、
だから外食なんて勿体無くて出来ない日でもある。
だからレストラン。
開けたところで開店休業。
だからほとんどの飲食店は店を閉める。
大失敗。
どうしよう、とがっくり肩を落とすボクに向かって
彼は笑顔でこう言いました。

「私どものホテルの
 ダイニングレストランはいかがでしょう?
 ホテルは世界のカレンダーで動いております。
 アメリカの街がサンクスギヴィングでも、
 ここのレストランは休まずやっておりますから」

ああ、救われた。
そしてレッスン。
街のレストランがすべて閉まってしまうような
緊急事態的なホリデーシーズン。
そんなときこそ頼るべきはホテルである。
ホテルは世界の時計と、世界のカレンダーで動いてるなんて、
素敵なことじゃありませんか。

例えばヨーロッパの小さな町のクリスマス時期。
アジアの都市の旧正月。
そうして日本の街のお正月。
困ったときは忘れずに‥‥、ということでありましょう。

そもそもホテルのレストランは非常に便利な存在です。
だってホテルのレストランは
旅する人にやさしいように出来ている。
一人で食事をしなくちゃいけない。
昼ご飯を食べそびれ、
中途半端な時間にどうしても
ご飯を食べなくちゃいけなくなった。
何故だか夜中に朝ご飯のメニューのようなものを
食べたくて仕方なくなってしまった‥‥、
なんてとき、とても便利な場所。
それがホテルのレストラン。
他のお店がやってもいないときに、
それでもお客様のことを待っている人と
テーブルがホテルにはある。
そうしたとっておきの場所を知っている。
そんなあなたはとても素敵で魅力的な大人の生活者なんだ、
ということなんじゃないかと思うのです。

さてさて、ことしも一年ありがとうございました。
来年も一所懸命、書きますので、
どうぞ読んでやってくださいね。
よいお年を!


(つづきます)



2005-12-29-THU

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