おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(三冊目のノート)

あなたのレストランの予約が
つつがなく完了した、としましょう。

自分というものはどういう人間であり、
一緒に行く人はどんな人であるのか?
ということをキチンと伝えました。

どのような目的でその店に行きたいのかということも
ちゃんと伝えて、お店の人とのコミュニケーションも
確実にとれました。

‥‥、としましょう。

あとはその予約の日にちの予約の時間に、
その店の玄関に立てばそれで良いはず。
シアワセで楽しい時間を
自分達の明るい努力で手にするだけです。

ひと安心です。

ところがときおり、思いがけない落とし穴がパックリ、
口を開いて待っているようなことがあるのです。
小惑星が大気圏に突入するくらいのときおりで、
ボクらを予期せぬ災難が待っているのであります。
覚悟が必要です。
さてそれはどんな災難でありましょうか?


◆したはずの予約が「ないこと」に?!?!


そこは予約がとりにくい店、でした。
しかも電話番号や住所も公表されていないような
知る人ぞ知る名店で、ボクは職権濫用一歩手前の
ちょっとずるいやり方で
その店に予約の電話をかけることに成功をしました。

しかも2週間ほど先の、
ボクのとっておきの仲間達との会食予定日の
まさにその日に、4人がけのテーブルが一つ、
残っているというのです。

してやったりとボクはその日に予約を入れて、
仲間一人ひとりに薀蓄がましくもあり、
恩着せがましくもある電話を入れました。

「あの」店の予約が取れたぞ。

みんな、一度は行ってみたい、と言ってた
「あの」店の予約がとれた、さあ、行こう。
そんな感じでみんなを集め、
さてその当日とあいなりました。
住所から場所を割り出し、
常連面で迷わず店に来てやった‥‥、
って感じでみんなを連れて行こうと入念な下準備をして、
それでお店のドアを押す。
こじんまりとした小さな店で、
入り口からも客席ホールのほとんど全部が見渡せました。

不思議なことに、お店の人の誰も
入り口の前に立つボクらに関心を払うこともなく、
サービスに専念をして作業をしています。
目を凝らしてホール全体をじっと眺めて、
不安になりました。
空いてるテーブルが一つもないのでありました。

あれれ?

隠れたところに個室でもあるのかなぁ‥‥、と思いつつ
「すいません」とお店の人に声をかけました。

「サカキと申しますが、
 8時からで予約をさせていただいたのですけれど‥‥」

と小さな声で。
そう聞かれた彼、首を軽くかしげながら
レセプションブックを確認しながらこう言いました。

「いえ、ご予約は頂戴してはおりません。
 ご記憶間違いではございませんか?」

彼のあまりに毅然としたその物言いと、
しかし柔らかで人当たりの良い笑顔に負けて、
ボクはそれ以上、何も言えずに店を出たのでした。

景気の良い時代の週末のコトです。
にわかに気の効いたレストランが
近所に見つかるワケも無く、
ああ、やられたな、と茫然自失。
一緒にいた仲間の方が気がねして、
ファミリーレストランでもオレらはいいぜ、と。
結局、ロイヤルホストで一人5000円なりの
暴飲暴食に耽って気を紛らしたのでありました。



◆ダブルブッキングを防ぐために。


さてレッスンです。
自分が座っているはずのテーブルに
誰かがもう座っている。

つまりダブルブッキングです。

あるいはボクの、あるいはお店の人の勘違い?

どちらにしてもボクが予約の確認の電話を
入れるのを忘れてしまった。
コレがこの失敗の最大にして唯一の理由であります。

反省しました。

予約の確認。
簡単なようで難しいのが、これです。
あまりに事務的な確認作業は、
「ワタシはあなたのことを信頼してはいないんですよ」
と言っているようなことになる。
ボクの予約を君たち、忘れてはいないだろうねぇ‥‥、
というような電話、誰も受けたくは無いですよね?
だからボクはこうすることにしています。

最初の予約の中にちょっとした曖昧を紛れ込ませる。
こんな具合のあいまいです。

「再来週の月曜日なんですが、
 7時前後にお伺いしようと思います。
 その日が近づきましたら、
 また正確な時間をお知らせしますので、
 ヨロシクお願いしますネ」

これなら自然にボクの方から
答えの電話をかけなくちゃいけなくなります。
丁寧です。
例えばボクが確認の電話を入れ忘れたとしても、
もしかしたらお店が電話をかけてくれるかもしれません。
「正確なお時間はお決まりになりましたか?」。
お店の人が予約確認をする口実を上げたことになる。
賢いです。



◆「リコンファーム」に救われた!


ボクはこの予約確認電話に救われた経験もあります。
あるイタリアンレストランで会食をしよう、と
一ヶ月ほど前に予約を入れて、
しばらくそれを忘れていました。
一ヶ月‥‥、というとちょっとしたことを忘れるのに
最適な期間であります。
ボクはそのとき、知らず知らずのうちに
ある一つの曖昧をお店に残してたんですね。
お店の方からその曖昧をただす、
確認の電話が来たワケです。

「サカキ様、明後日のご予約の件ですが、
 何名さまにおなりになりましたでしょうか?」

3人か4人になると思うんですが‥‥、
と確かにボクは予約を入れて、
その曖昧に対する質問の電話でありました。
‥‥のだけれど、ボクはビックリ。

明後日と彼らは言うけどボクのカレンダーでは
明日の予約のつもりだったからです。
えっ! 明日ではなかったですか、
というボクに電話の両側、しばし騒然。
あいにく明日は満席でして、という困惑の声。
明後日のボクは出張で
東京をあけなくてはいけないボクであって、
明日の会食は断れぬ大切なモノ。
あらあら、またとんでもない
失敗をしでかしてしまったか‥‥、とボクは焦燥。
すると電話の向こうの彼がこういう。

「少々、お時間、頂けますか?
 明日、サカキ様がご納得できる
 お店が空いていないかお調べして、
 お電話おかけいたします。よろしゅうございますか?」

自分の店の代わりになるお店を
ワザワザ紹介してくれるというのであります。
感激しました。
それから10分。
ボクは会社の自分のデスクの前の
電話がなるのを待ちながら、
頼りになる友人数名に電話をかけて、
その顛末を手短に話しました。
ボクの代わりに明後日、
その店に行ってくれないか? という依頼の電話。
運よくその中の一人が明日、
取引先の接待をする店を探してて、
ちょうど4人でそこに行ってもいいという。
ああ、良かったと思った瞬間、電話がリン。
「私どものシェフの親友がやっている
 イタリアンレストランがございまして、
 そちらの方でよろしければ
 仮予約させていただいてます」

ああ、ありがたい。
その通りにさせていただきましょう。
ところでワタクシが
おさえさせていただいていたテーブル、
良ければ私の友人に譲ってやっていただけませんか?
大切なお客様の接待に使える店はないか?
と迷っていたものですから。

ボクがそのとき紹介してもらった店。
初めて行ったのにまるで
10年来の付き合いであるかのようにもてなしてくれ、
それから10年、ずっと仲良くしてもらっています。

ボクの代わりに迷惑かけたお店に行ってもらった友人は、
いたくその店が気に入ったらしく、それから何度か偶然、
その店で出くわすようになったりもしました。

たった一本の電話がキッカケで、
誰も不幸せにならなかった。
そればかりかみんながシアワセを分け合って、
いまだにそのシアワセが持続している。
なんたる不思議。
なんたるシアワセ。

予約の確認。
予約をしたら忘れずに。

(つづきます)



2005-11-17-THU

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