おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。




料理の注文。
ファミレスに限らず、
まず「自分の食べるものは自分で注文する」。
これはレストランでの料理をたのむ際の基本的な大原則。

例外は好きで好きで仕方ない人や、
大切にしている人の注文を
その人に代わって言ってあげるとき。
あるいはみんなで取り分ける料理を、
テーブルを代表して注文するとき。
当然どちらも、事情を簡単に的確に伝えた上で。
「だから取り皿を人数分、くださいね」
とか一言付け加えると、とてもスマートになる。
ああ、このテーブルのリーダーはこの人なんだな、
ということがすぐわかる。
ただそのときはお勘定書きの伝票が、
あなたの前にやってくる確率が
限りなく高いことを覚悟しなくちゃいけませんけどネ。
それもいいでしょ。

ま、やっぱりそれは例外ですネ。
きょうは「なぜ自分でたのんだほうがいいのか」
っていうお話です。

さあそのウェイトレスさんは
ぼくらの注文を覚えきれるか?

ファミリーレストランにもサービスのプロを目指して、
高級レストランにも劣らないような
サービスをしてくれる人が当然います。
例えば彼らは、出来上がった料理を
それをたのんだ人の前に当然のように
ストンと置くようなことをしてくれる。
いちいち「アメリカンハンバーグのお客様?」
とかって質問することもなく、
当たり前のように料理が届く。
料理の名前とそれを置くべき場所を一致させる、
という特技というのか、努力というのか、
そんな素晴らしい才能を持った人がいるものです。

昔、ボクの家の近所のファミリーレストランに、
それこそ天才的に料理を置くべき場所を覚えるのが
上手なウェイトレスさんがいました。
わざわざ何人もでその店に行って、
わざわざみんなが違った料理をそれもたくさんたのんで、
今度こそ覚えきれないだろう、なんてワクワクしながら
料理が届くのを心待ちにし、
なのに確実にたのんだ人の場所に
たのんだ料理がやってくる。
とてもうれしくて幸せなことなのだけれど、
なんだか不思議に悔しくて、何度も何度も挑戦して、
とうとうこんなイジワルをしました。

オトコばっかり4人でその店に押しかけて、
それぞれが好き勝手に注文をする。
テーブル担当はいつもの彼女です。
笑顔で都合10品ほどの注文をとり、
「しばらくお待ち下さい」
と笑顔で厨房の中に消えていきました。
彼女は他のテーブルのお客様に対しても
笑顔を振りまきながらキビキビと働いています。
待つこと10分ほど。
そろそろボクらの料理ができる頃だぞ、
とみんな一斉に、でも気づかれないように
そっと立ち上がる。
そして座る場所をシャッフル。
彼女が注文をとったときとは違う椅子におさまって、
何食わぬ顔して料理を待つ。
もうドキドキです。

彼女がこっちに向かってやってきます。
両手にお皿を一杯もって、
それでも一人では持ちきれないので
もう一人のウェイトレスと一緒にテーブルまでくる。
「お待たせしました」
と言いながら、料理をテーブルの上に置こうとして、
ボク達の顔をみてハッとする。
4人の顔を、次々、ジックリ見つめて
頭の中のメモ帳のページをめくるような
ちょっと真剣な表情をしたかと思うとニコッと笑う。
「もし間違ってましたらお許し下さいネ!」
と前置きをして、料理の名前を告げながら
その料理が落ち着くべき場所に次々、置いてゆく。
「ミックスグリルはこちらのお客様‥‥」
と、ボクの顔を見てニコッ。
おおっ、当たった、とビックリしながらボクもニコッ。
「アンガスチョップの
 ハンバーグステーキはこちらで‥‥」
と、ボクの向かい側の奴の顔を見ながらニコッ。
彼も同じく、驚きながらうなずいてニコッ。
その繰り返し。
まるで魔法のように、次々、料理は配られて、
ボク達の横に立つ二人の両手が
めでたく空っぽになった瞬間、
ボクらはみんな大きなため息をつきました。
そして思わず拍手!

回りのお客様が何事か、とこちらの方を振り返る中、
彼女はこう言う。
「ああ、間違えなくて良かったです。
 ラッキーでした。5人の方の顔を覚えるのは
 とてもじゃないけど、無理ですから!」
そして何事もなかったかのように
普通の作業に戻っていきました。
ボクは彼女のはつらつとした後姿を、
今でも忘れることができません。

なぜ彼女はできたんだろう?
そのサービスを受けるために
ぼくらができることはなんだろう?

そういえば彼女はみんなが自分の注文をし終えたあとで、
注文の内容を丁寧に復唱しながら
一人ひとりの顔をじっと見ていました。
そのときに料理とその注文主の顔を
頭の中で結び付けていたのでしょう。
脱帽でした。
それからしばらく、彼女が結婚退職するまで
ボクはその店のファンでした。
その店のファン、と言うより彼女のファンだった、
という方が正しいでしょうけど。

誰がどの料理を注文したのかを確認しながら
覚えるための儀式が「注文内容の復唱」である、
ということ。
例えばテーブル担当が新人スタッフで、
まだまだ作業が正確でないようなとき、
注文の復唱は間違いなく注文がとれたかどうか? を、
お店の人とお客様の間で確認しあうと言う要素が強くなる。
そのくらいのこと、ワザワザ確認しなくても大丈夫だろう、と面倒くさがっておざなりな態度でボーっとしている。
もったいないです。
注文の復唱が始まったらみんなで耳を澄ましてそれを聞く。
「シーザーサラダをお一つ」
そしたらそれを注文した人が、
「それ、ボクの注文です」
って確認するようにうなずいてみる。
「クラムチャウダースープ、お一つ。」
ああ、それはボクがたのみました、みたいな感じで
片手をちょっとあげてみる。
注文を復唱する人も一生懸命になってきます。
ワタシのとった注文が間違っていない、
ということがわかる以上に大切なことが伝わってきて
一生懸命になってくる。

ボク達の料理、おいしく料理して下さいね。
ワタシ達の料理、大切に運んできてくださいね。
そうしたお願いのメッセージが
注文を確認するお店の人にじんわり伝わる。
もうあなたは彼らにとって見ず知らずのただのお客様、
というわけではなくなった。
顔を見知った、まるで友達のような
お客様になったということ。
悪くないです。
さて、どんなお料理が届くのか、
楽しみにしながら待つことといたしましょう。


illustration = ポー・ワング

2005-06-16-THU


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