おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。




「朝食のバフェ、って
 どこで食べても同じような気がします。
 いつでもどこでも、同じような料理なんでしょうか?」


朝、何を食べようか迷ったとき、バフェは便利です。
バフェ(バフェット=buffet)──ビュッフェとか、
日本式にはバイキング、とも呼ばれますが
ここではこう呼ぶことにしますネ。
そう、いろいろな料理がたくさん並んでいるカウンターに
自分で足をはこび、お皿にもりつけて、
自分の席に戻ってきていただく、あの方式です。

まずはお皿をもたず、挨拶しながら、
じっくり眺めましょう!

朝食のレストランで何を食べるか迷わずに
スラスラ自分の食べたいものを注文できるのは
かっこいい‥‥と言いました。
でも例えば海外にいったようなとき、
せっかくだからいろいろなものを食べてみたいな、
と思ったとき。
あるいはただ単純に、
たまにはいつもと違ったものを食べてみたいようなとき。
バフェのカウンターは便利です。
あれは心行くまで迷っていいんですヨ、
というメッセージ。
だからバフェの前をウロウロするのは
決してお行儀の悪いことじゃありません。

ただお皿を持ってキョロキョロウロウロするのは、
なんだか間抜けでおしゃれじゃない。
なんだかモノ欲しそうに見えて、
しかも優柔不断なようにも感じられ
決してお勧めできる朝の迎え方じゃないです。

旅先で朝食のバフェレストランに入ったら
ボクはまず、お皿を持たずにカウンターの前を一通り、
眺めて歩くことにしています。
両手を軽く後ろで組んで、今日の料理を品定めしながら、
ときおりカウンターの中のお店のスタッフの人と
挨拶をかわしつつ。
いかにも旅なれた人のように見えますし、
おはようございますという言葉を交わすだけで元気がでる。
ああ、ココはベーコンが美味しそうだ、とか
フレンチトーストが出来上がったばっかりだな、
とか思いながらゆるりゆるりと散歩気分で歩けば、
食欲も湧いてくる。
そして頭の中で今日の朝食の傾向と対策が定まってから
お皿をとって、料理を盛りつけ始めます。
スマートです。

例えばオムレツとか玉子料理を
カウンターの一部で作ってくれるような
レストランもあります。
そんなときはお皿をとる前にあらかじめ、
「ハムとチーズのオムレツを作っておいてくれますか?」
と注文をしてからバフェカウンターの最初に戻って
お料理を取る。
そしてちょうど注文したものが出来上がったころあいを
見計らって取りに行く。
かなりかっこいいです。
キッチンの前で手持ち無沙汰げに
料理が出来上がるのを待っている人を横目に料理をもらう。
運がよければ「後でお席までお持ちしましょうか?」
なんて聞かれたりする。
しあわせです。

バフェと自分のテーブルの間を
何度も何度も行ったり来たりしながら、
そのたびにスタッフの人と挨拶をする。
ホテルのレストランスタッフと友達になる、
ということはすばらしいことです。
彼らはその街の専門家。
その街で楽しく時間をすごすための情報を
タップリ持っている人なのですから、
彼らと挨拶をしないのは損です。
彼らに顔を覚えてもらうキッカケを作れないのは
哀しいことです。

お客さまによって、バフェのメニューは変わる!

ところで最初の質問に戻ります。朝食のバフェって、
いつも同じ料理が同じように並んでいるんでしょうか?
実はそうじゃないんです。
こんな話があります。
東京のある国際的なチェーンホテルの
バフェレストランでの出来事です。

ボクは一時期、
そのホテルの近所に住んでいたことがあって、
良くここで朝食をとりました。
料理もシッカリしていて、
なにより何人もの挨拶をしあう
スタッフを知っているので、
どうせしっかり朝ごはんを食べるのならば
ココがいいや、と思って今でもしばしば訪ねます。
ある日、支配人がレストランに出てきて
バフェのカウンターを一瞥。
少々あわててモーニングシフトの調理長を呼び、
声を潜めて、しかしハッキリこういいました。

「昨日、ドイツから
 大きなグループが入ってきただろう?
 だからこれじゃあ、駄目だ」

そしていくつかの指示をテキパキと出し、持ち場に戻る。
それからはてんやわんやの大騒ぎで、
バフェのカウンターの模様替えが始まりました。

バゲットが見る見るうちに片付けられて、
胡桃やドライフルーツの入った
ドイツパンに取って代わり、
ハムやソーセージのコールドカットが
大量に用意されました。
数分で、そこのバフェカウンターは
まるでドイツのホテルのレストランのような
景色になりました。

泊まっている人によって、
バフェの商品の構成が変わることがあります。
例えばアメリカ人を喜ばせよう、と思ったら
タップリのフレッシュオレンジジュースに玉子料理。
イスラム圏の人たちには
フレッシュフルーツをタップリ、です。
中国からのグループならば
温野菜やお粥のようなものが並ぶコトだってあるのです。

それからボクは、よいホテルの良いバフェの
カウンターを眺めるとき、
今日はどんなお客さんが泊まっているんだろう、
と思いながらまず端から端まで、
歩いてみるコトにしているんです。
これがなかなかに面白い。
まるで小さな海外旅行をしているような
気持ちになれて面白い。
ああ、今日はキムチが置いてある。
多分、韓国の団体客が泊まってるんだな、
とかってわかって面白い。

じゃあリクエストすればいいのかな?

ということは‥‥、です。
朝食を食べる前の日、
つまりチェックインする時ということになりますが、
ちょっと一言お願いすれば
翌日の朝食バイキングのメニューが変わるかもしれない、
ということです。
あくまで運がよければ、
そしてあくまでそのホテルの人が
情熱と誠意に満ちていれば、のことですけれど、
洋食しか並んでいないはずのバイキングの片隅に、
お味噌汁がポツンと置かれている、
というようなことが起こるかもしれないのです。

アメリカの片田舎、
本当に日本人が行くことの無いような小さな町に、
研修旅行に行ったことがあります。
日本人のおじさんばかり10数人。
ホテルはたった一つだけ。
アメリカでは比較的有名なチェーンホテルで、
合理的ではあるけれど
贅沢な施設なんかなにもついてない、
ただただ泊まって
快適に睡眠をするためだけのホテルでした。
毎朝、ロビーでコンチネンタルブレックファストが
ふるまわれる、というのが唯一のサービスのようなホテル。
いわゆるアメリカのセールスマンが車で移動途中に使う、
モーテルです。
そのとき、泊まっているのはほぼボク達ぐらい、
というような状態でした。
一日目、ほとんどの人が朝食に手をつけなかった。
セルフサービスの小さなバフェカウンターに
並んでいるのはデニッシュペストリーや
コーンフレークスのようなもので、
だからボク等は精々、オレンジジュースにコーヒー。
アメリカの料理にはもうあきあき、
と胃袋が悲鳴をあげていたのですね。

でも、そうした事情をしらないホテルの支配人が
心配して、どうして折角の朝食に手をつけないんだ、と。
こうした料理を食べ飽きちゃって、
もうお腹がホームシックなんですヨ、みんな。
とボクは答えました。
研修旅行ももう4日目のことでしたから。

すると彼はこう聞きました。
朝、日本人が食べて一番喜ぶものは何なんだ?
ボクは冗談半分、こう答えました。
「味噌スープだね」。

翌日、相変わらず重たい胃袋を抱えながら
ロビーに集まったボクらは正直ビックリしました。
バフェのカウンターの真ん中に
山積みのインスタントの味噌汁の袋。
その横にはお湯の入ったコーヒーフラスコ、
そしてマグカップ。
みんな無言で近づいて、みんな無言で袋を破いて、
みんな無言でお湯を注いだ。
みんな無言で一口すすって、
「ああ、生き返ったネ‥‥」と。
味噌汁を片手に頬張るトーストというのも
なかなかに乙なものでありました。

これはどうしたんですか?
と笑顔でボクらを見つめる支配人に聞くと、
昨日、近所の中国人がやっている
食料品店で買ってきたのさ、という。
近所ってどこ? というと、
彼は車で片道2時間かかる街の名前を告げました。
みんなうれしくて、うれしくて、
彼を真ん中に記念写真を撮って、
暫くしてボクらは
クリスマスカードを交わす仲になりました。

その日、チェックアウトするとき、
“一箱単位で買っちゃって、
でも次にいつ日本人が来るかどうかわからないから”
と彼は残りのインスタント味噌汁の残りを
ダンボール箱ごとボクらにくれました。
それからの道中、その味噌汁は
僕等のシアワセな旅のお供になったのです。


illustration = ポー・ワング

2005-03-24-THU


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